第15話 綾香 復讐 そして現在へ…
逃げ帰えるように自宅に戻った私は、着ているものをすべて脱ぎ捨てお風呂場に駆け込んだ。頭から冷水のシャワーを浴び続けているうちに、暖かいお湯に変わっていく。さっきまで自分がやっていたことが嘘のようで、思い出した瞬間にまた吐き気が込み上げて…もどした。
胃が空っぽなせいで胃液しか出てこないのに、何度も何度も息が苦しくなっても、吐き続けた。
胃酸で、のどが焼けるように痛い。頭も、あの男に掴まれた腕も、痛い。
いたいよぉ...。
あんなやつのを、口で咥えて吐き出されて、裸も見られ…あと…少しで…
怖かった…怖かったよぉ…響一ぃ…怖かったぁ…おかぁさん…。
身体を震わせながら、咽び泣いた。
*
翌日、家に来たあかりは私のことを凄く心配してくれて、何度も何度も何もなかったのねと聞き、一応の納得をしてくれて、私を抱きしめながら泣いてくれた。
ここまで心配をかけてしまったのかと。
逆の立場なら私も泣いていただろうと思うと、罪悪感が増えていく。
心がぐらつくけれど、それでもまだ終われない。
撮影した動画を全て見た上で、あかりは私に何もなかったことを、信じてくれた。
安堵したあかりと共に、撮ってきた動画を編集して、気になるところを加工していく。本気でしているように見えるんだから、画像編集技術の進歩は怖ろしい。
親しい人間が近くで見ても、私だとはわからないくらい別人の姿だったが、動画の画質は少し粗めなものを選択した。その代わり写真はくっきりと、男の顔が写るように現像する。音声も私と気づけるのは、響一でも無理だと思いそのまま使った。
一週間ほど、男の調査を継続してもらい様子をみたけれど、警察にかけこむでもなく、一夜の失敗と判断してくれたみたいだ。…これで準備は整った。
探偵事務所からの紹介で教えていただいた、なんでも屋さん。
法に触れなければ、本当になんでもする会社もあるんだと驚いたけれど、正直ありがたかったし助かった。あとは———
*
これは、なんでも屋からの報告書で知ったこと。
櫻井と、男の結婚式は大きなホテルで行われ、たくさんの親族やら会社関係者でごった返していたそうだ。ブライダル業界の市場縮小と家族挙式が多くなっている昨今、盛大にやることで富や企業の繋がりを、さらに大きくなったことをアピールする一端も担ってるのだろう。
お色直しを二回もして宴もたけなわ、披露宴の締めくくりに、新郎の謝辞を終えたあと。会場内では涙を流す人もいるなか、新郎新婦の退場寸前にサプライズ動画として、私と男との動画を流してもらった。
男の顔が鮮明に写ったカラーの写真や、その他にも色々バラまいてくれた。
櫻井は奇声を上げて、男に対して発狂していたらしいが、自分の男漁りの調査書も撒かれていたことに気づくと、違うの私じゃないのと、その場で泣き崩れたそうだ。
逆に男は、お前も同じ穴のムジナだろうがと責め立て、会場内はどよめきと混乱で大騒ぎだったそうだ。
自身がクズなことを理解していない人間は、不利益を被った時に自分がなんでこんな目に、と自分自身に非がないと考えられるのだろう。
されて嫌なことを他人に平気で行う人間は、なおさらこの傾向が強いように思える。
結果報告書を読み終わり、思い返してみたが、それほどスッキリするものでもなかった。その後あいつらが、悔い改め真っ当に生きようが、身を滅ぼしていくかもどうでもいい…。どちらにしろ、私の復讐は終わったのだ。
きっと、私の復讐心もその程度だったんだろう。
あの男を罠にかけて自分が危ない目に合った時に、怖がった時点ですでに…。
確固たる決意を持って復讐をする。
復讐するモチベーションを維持し続ける。
最後までやり遂げる強靭な意思。
もし…私に何も残されてなければ、もっと凄惨に残虐に復讐相手をむごたらしく後悔させようと、躍起になっていたのかもしれない。
母さんと響一、それと巻き込んでしまったあかりにも、心の中でごめんなさいと謝る。くだらないことに、お金と時間を使ったものだ。
だからもうすべてを忘れて、響一と幸せになるんだ。
都合よく、そう思い込んだ。
そのつけは、忘れた時にやって来る。
それも、一番大切な時になって…。
*
菫さんの結婚式を終えてから一年後、私は響一と結婚した。
お互いに仕事の方もひと段落し、落ち着いて一緒に暮らしていけるようになったから…と言うのは建前で。菫さんの結婚式を見て羨ましく感じてしまったから、が本音かな。
じゃあすぐにすればと思うけど、結婚資金を余計なことで使ってしまったので、一年ほど響一を待たせてしまった。
あかりに花嫁衣装を見繕ってもらい、メイクもお願いした。
あの後のことは、あかりも私も話題にすらあげなかった。
終わったことですらない、無かったこととして。
身内は母がいなくなり、私は天涯孤独になってしまった。
だけど響一が、夫に家族になってくれて、響一のお義父さんもお義母さんも、娘ができたと喜んでくれて…。
家族と友人達のみの結婚式。
菫と同じ教会でおこなうことにしたけれど、こっそり菫にだけ、菫と一緒に合同結婚式にすればよかったかも? って笑ってしまった。
*
誰しもが当たり前のように享受して、当然だと勘違いしてしまう平穏な生活。
刺激があるわけでもなく、退屈を感じることもあるけれど、何もないことがどれだけ素晴らしいことなのか。
日々の生活だけで精一杯な方が、余計なことに囚われる暇もなくて、いいのかもしれない。
そう思えるような年齢になったころ、菫の浮気から友人の大怪我など目まぐるしい勢いで…それでも時間は過ぎて、当たり前だった生活に変化が起きて。つらく悲しいことも薄れてきたある日、私と響一の元に神様が宝物を授けてくれた。
お母さんにも会わせてあげたかったけど、お母さんのような立派な母になれるように。幸せな時ほど脳裏をよぎるが、もう何年も前のこと…。誰もわからないし、知られることなんてない。もしも響一に知られたその時は…。
今は、しっかりと赤ちゃんを産んであげることだけを考えなきゃ。そして夫である響一と共に、幸せな家族を築くんだ。
そして、あの蛇が私自身すらも傷つけるものではないと、自分に都合よく思いこんだ。蛇は自身の毒で●ぬことはないと、いい加減な知識のように。自己免疫がない蛇が自身を噛み、その噛みどころによって、●に至ることもあると知っていたのにも関わらず…。
何が、正しかったのか
もっと、うまくやればよかったのか
何もしなければ、よかったのか
賢く動けていれば、こんなふうにならなかったのか
だけど選択したのは…
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