第42話(本編最終話)王太子妃は謎めいている・後編

 ◇◆◇◆◇◆



「あ!! 来た!! 馬車が来たよ!」


「わかったから押すなよ!」


 結婚パレードが始まり、騎馬隊が前後を固めた状態で王子と花嫁の乗る馬車がゆっくりと王宮に向かっていきます。


 街の人々は一目でも結婚式の主役を見ようと沿道に詰めかけ、押し合いし合いしながらも皆笑顔です。

 王子と花嫁が通るまでは皆口々に祝福の言葉を投げかけているのですが、いざ目の前にふたりが現れると、その美しさにポカンと口を開けた者や、うっとりとしている者が後を立ちません。


「誰だよ、公爵令嬢が冷たくて高飛車だとか言ったの! もの凄く優しそうでお綺麗じゃないか!!」


「王子様も素敵! お妃様とぴったりですごくお似合いだわ!!」


「はぁ……雪の精みたいで、この世のものとは思えねえわ……」


 人々が口々に賞賛を述べる中、先程噂話に興じていた青年がディアナの顔を見てピクリとします。


(あれっ……あの赤い目……あのとんでもなく綺麗な顔……どこかで)


 青年はハッと思い出しました。いつぞやの大衆演劇。確か人気俳優、イチマツ氏主演の有名な演目。

 その劇場ロビーで酷い人混みの中、青年は財布をられるところでした。それを、彼女の連れの女性があざやかな手つきでスリを捕まえてくれたのです。


「物騒やね~」と笑いながら財布を返してくれた彼女の言葉遣いが西の地方の庶民風だったのとは裏腹に、あまりにも美しい顔立ちだったので深く印象づけられていたのでした。


(どこかの貴族がお忍びで遊びに来たのかと思ってたけど。そう言えば、あの後劇場には財布を預ける鍵付きの箱が設置されていた……)


 その瞬間、ディアナと青年の目が合い、ディアナがにこりとします。


「っ!!」


 去っていく馬車を見つめながら興奮して叫ぶ青年。


「……噂は本当だったんだ!! 王太子妃サマは、時折お忍びで城下に降りてきて悪をやっつける、もの凄く頭のキレる謎の美女なんだよ!! ねえ、凄くないか!?」


「え? さっきもそんな事言ってたわよね。触れれば融けそうな、あんな美人がそんな事する訳無いじゃない! んもう、本の世界そのままの美男美女で最高だったのに変な事を言わないでよ!」


 彼の主張は幼馴染みの女の子に一蹴されてしまいました。


 馬車の上では、エドワード王子が民衆に笑顔を向け手を振りつつディアナに声をかけます。


「ディア、あの男は公爵家のシノビか何かか?」


「え? 何がですか?」


「さっき、目を合わせて微笑んでいたろう」


「ああ、なんだか見覚えがあるような気がしただけです。多分シノビでは無いと思いますわ」


「そうか……いや、良いんだが……君の笑顔を見た男が、ちょっとこう……変な気を起こさないかと心配で」


 王子の言葉に、ディアナは兄から昔言われたセリフを思い出しました。


『お前の名前の通りディアナ月の女神のような美しさで微笑まれたらどんな男も心を蕩かされるだろうな』


「ふふっ」

(なんでやろ。お兄ちゃんに言われた時は気色悪くてたまらんかったのに、エド様に言われると……ちょっぴり嬉しい)


「ディア?」


「エド様、私、頑張ったでしょう? 昔は標準語の外面だと笑うことも殆どできなかったのに、今は……たまにカンサイ弁が出てしまうけど……こうやって本音を出したり笑ったりできます」


「ああ、頑張ったな」


 ディアナは少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、続けます。


「それは国民に笑顔を向けるのも王族の務めとして必要だから、……エド様の隣にずっといたいから、頑張れたんよ?」


「…………ぐっ。(健気で可愛すぎてヤバい)」


「エド様?」


 もう何度目かはわかりませんが、ディアナに惚れ直すエドワード王子。馬車の上でいっとき見つめあうふたりに、周りから黄色い歓声があがります。





 こうして、冷たい外面で孤高の存在ぼっちを貫いていた『氷漬けの赤い薔薇姫』は、王子や国民の皆に愛される王太子妃になったのです。


 ……でも何故か、彼女には謎めいた噂がつきまとうのですが。


 曰く、怒ると物凄く口が悪くて怖い(カンサイ弁で啖呵を切るから)とか。


 曰く、たま~に氷の彫像のように表情が無くなるとか(あれこそ実は彼女の本性だと噂する人も)。


 曰く、やたらとお金の話ばっかりして、その時の目付きがギラギラしているとか。


 …………まぁ、噂なんですけどね。



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【後書き】

これにて本編完結です!

明日からは、本編に盛り込めなかったこぼれ話的なものを更新していきます。

そちらもよろしくお願いいたします。

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