第40話(★書き下ろしエピソード)~幕間③~人を呪わば穴二つ
一方。離宮の最上階のとある部屋で。
開け放たれた窓辺で立ち尽くす小柄の人物がいます。今日は新月の為、外は真の闇に支配されており何も見えませんが、窓の外をじっと見つめていました。その部屋に一人の青年が音もなく滑り込みます。
「ザラ」
彼の国の言葉で
「風邪をひくぞ。早く着なさい」
「……」
ザラに服を手渡した青年はセオドアです。ザラはモソモソといやに緩慢な動きで服を身に付け、合間にほんの少しだけ小さな溜め息をつきました。セオドアはその様子を見逃さず声をかけます。
「大丈夫か?」
セオドアがザラの横に立って彼の肩に手を回すと、彼はそのまま頭をこてん、と倒して身体をセオドアに預けました。こうしていると13歳という少年から大人に成長する途中の、最後のあどけなさがチラリと覗きます。
「こんなことは無理してやるべきじゃない。殿下もそう言って下さっている」
「……そういうわけにはいかないよ。あの女は殿下の敵だ。そして僕の産みの母の
ザラの母親は前王妃の一番親しく、また一番信頼されていた侍女でした。彼女は13年前ザラを産み、前王妃も懐妊した為、近い将来は生まれてくる王子か王女の乳母になる予定だったのです。しかしザラの世話でしばらく前王妃の側を離れていた間に前王妃が亡くなり、ザラの母親は心から慕っていた主人を守れなかった自分を酷く責め、心を壊してしまいました。最後には自分だけ可愛い赤ちゃんを抱いていることに耐えられず、まだ乳児のザラを置いて離宮の最上階から身を投げてしまったのです。
「ザラ、確かに王妃は殿下の御母上の死に関わっているだろう。今彼女は、自分がその立場になって初めて、他の側妃から同じように毒を飲まされているのではないかと怯えている。昔の時点でそんな事も気づかなかったのは愚かだが……これこそ呪い返しだとは思わないか?」
「なにが言いたいの」
ザラはセオドアに体重を預けたまま、ぷうと頬をふくらませます。
「君が王妃を呪う度、それは王妃に強く影響を与えるだろう。だが、その呪いは同時に君自身をも少しづつ蝕んでいるのではないかと心配なんだ」
「ばっかじゃないの。呪いなんてナンセンスだよ」
「そう。君の言う『呪い』はナンセンスだ。魔術や呪術なんてものは幻想だと私も思っているよ。だけど私が言っているのは『他人を呪う』という行為そのものだよ」
「……」
「ザラ、君は頭がいいからもうわかっている筈だ。誰かを憎み、呪い続ければそれは君の心をずっと捕えて離さないだろう」
「……でも、定期的にあの女に
「大丈夫だ。今回の事で王妃に付く人間は全て炙り出されるだろう。手を出したくてもその手はもがれている。もう君は彼女を憎み続けなくてもいいんだ」
「……」
少年はセオドアから少し離れると細い首を前に折り、静かに俯きます。彼の髪が細かく震え、揺れているのをセオドアは気づきましたが、敢えて何も言わず見守っていました。長く垂らされた黒髪の間からぽとりと雫がひとつ、絨毯に落ちてすぐに染み込んでいったのにも気づかないふりをします。
もう数秒ののち、ザラは顔を上げました。
「まあ、潮時だよね。僕も背が伸びて声変りも始まってるから小さな女の子のフリをするのも、屋根をつたってあの女の部屋に忍び込むのもそろそろ厳しくなってきたし!」
セオドアは薄く微笑みました。まだ13歳の少年が、憎しみに縛り付けられたまま生きていくのを見るのは――――それがたとえ、彼の大事な主人の為になると言っても――――やはりしのびなかったのです。
「……ああ、そうだな。それに他に“影”としての仕事も沢山あるんだぞ! 取り急ぎあらぬ疑いをかけられて落ち込んでるメイドを慰めて来い。ほら、さっさと行った!」
「うへぇ、セオドアったら人使い荒いんだから!」
ザラは長い髪を纏めると、その上に侍女が身に着けるヘッドキャップを乗せてピンで留めました。先ほどモソモソと着た侍女のお仕着せと合わせ、どこからどう見ても年若い侍女の姿になります。
「仕方ないなぁ。給料分は仕事をしてくるよ!」
ザラは明るく笑うと部屋を出て行きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます