第19話 パーティには陰謀が渦巻く・前編

 ◇◆◇◆◇◆



 そのパーティーでの出来事は後日、いえ後世まで学園内で語り継がれる伝説となりました。


 当時王立学園に通っていた、この国の第一王子が同じく学園の生徒であった婚約者に婚約破棄を申し出て、なおかつ婚約者の実家である公爵家の企みを暴いたのです。

 そしてその後のドラマチックな展開。


 当時のパーティーに居合わせた人々は皆驚き、興奮し、屋敷に戻った後それぞれの家族や知人達に自慢げにその話をしたものです――――――



 ◇◆◇◆◇◆



 由緒ある王立学園のダンスホール。壁には芸術的な装飾が施され天井は高く、その中心には豪奢なシャンデリアが吊るされています。

 そのシャンデリアの明かりを一身に集めるかのように輝くこの国のエドワード王子は、黒い地に銀糸の刺繡をあしらった正装を身に着けています。そのにエスコートされているのはサファイヤブルーの瞳を煌めかせ、小動物のような愛らしさを纏うフェリア・ハニトラ男爵令嬢。


 王子が婚約者とは別の女性を伴いパーティーに現れた事に、会場内ではざわめきとひそひそ話が満ち溢れています。


(遂にフェリア嬢を左に置いても良いと、殿下のお気持ちが変わったのかしら……)


 ぼんやりと二人を眺めるディアナの気持ちを読んだのか、カレンがそっと手を取り、耳元で囁きます。


「お嬢様、大丈夫です。私とエドワード殿下を信じてください」


「カレン?」


普段の無表情で動じないフリをしたお嬢様で居れば万事上手く行く筈です」


「……どさくさに紛れてワタクシをけなしたわね」


「ふふっ、その調子です。今回の事で私達もいつも以上に周りに注目されています。ここは普段通りになさって下さい」


「わかったわ。これ以上注目も浴びたくないしね」


 エドワード王子の登場で今日のパーティーの参加者は全て集まったため、学園長の挨拶が述べられます。その後は楽団がダンスの音楽を奏で、それにあわせて何組かの男女が踊り始めます。


「ディア、僕達も踊らないか?」


 ヘリオスがにこりと手を差しのべ、ダンスに誘う様子は本気のように見えますが(本気だとしたら婚約者のいる妹と最初のダンスを踊るなど狂気の沙汰です)、おそらく周りの貴族令息が王子婚約者を差し置いてディアナを誘おうとしている事への牽制でしょう。

 ……ディアナは悪寒を感じつつも、(きっとそうだわ。それ以外無いわ)と、心の中で自分に言い聞かせ、平常心を保って答えます。


「いいえ、お兄様。ワタクシあまり気分が良くなくて、本日はダンスはやめておきますわ。お友達とゆっくりお話を楽しみます」


 ディアナが周りにも聞こえるようにはっきりと返すと、明らかに落胆する様子の兄。そして同様の男性が数人視界の端に映ります。

 小さく息を吐くディアナとカレンの前に一人の男性が近づきました。


「アキンドー公爵令嬢殿、恐れ入りますがカレン殿を少しだけお借りしてもよろしいですか?」


 声をかけてきたのは黒い目を持つエドワード王子の従者。


「……セオドア様!……ええ、カレンさえ良ければもちろん。でも殿下のお側にいらっしゃらなくて良いのですか?」


「今日は殿下より特別に別行動を許されております。ではカレン殿、一曲お相手願えますか?」


「喜んで」


 美しく微笑んだカレンの手を取り、ダンスホールの中央へ向かうセオドア。すぐに曲に合わせ二人は華麗に踊り出します。ディアナはそれを見ながら『赤薔薇姫の会』の四人達と壁際に移動し、飲み物を手に取って話を続けます


「御姉様、カレン様達素敵ですねえ」


 シャロン達はうっとりして踊る二人を見つめます。ディアナも同じ方を見て返答します。


「本当ね。二人ともとても上手だわ」


 セオドアとカレンは滑るように優雅に踊り、ターンをする度にカレンのワインレッドのドレスが揺れ、広がります。複雑なステップを踏んでいる筈ですが難しそうな素振りは全くなく笑顔で、時には言葉を交わす余裕さえあるようです。

 二人はそのダンスの技術もさることながら、長年一緒に踊ってきたパートナー……いえ、もっと深い……まるで双子であるかのように呼吸がぴたりと合っているのです。


 ディアナはハッとしました。


(!……やっとわかったわ。私がセオドア様の笑みで不安になった理由が)

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