無邪気な太陽

 川野君は救急車で運ばれた。

 容態は明らかになっていない。

 一昨年おととしに感染症が流行したからという理由で、面会は謝絶とのこと。


「リ~クくんっ」

「あ……」


 放課後になった。

 授業を受けていた時の事や昼休みに何をしていたのか。

 ボクは全く覚えていなかった。


「どうしたの? 今日、変だよ」

「え、……いや……」

「それに、昨日帰っちゃうし……」


 机は綺麗になっていた。

 ユイさんが一人で机を磨いてくれたみたいだ。


「川野くんのこと、びっくりだよねぇ。階段から足滑らせたんだよ」

「あー、うん。そう、だね」

「やっぱりさ。神様っているんじゃないかなぁ」


 いきなり、そんな事を話してくる。

 ユイさんは腕を組んで難しい顔をした。

 夏服越しに盛り上がった胸が強調されて、見ていると昨日の川野君達の言動を思い出してしまう。


「川野くん達、女子に酷い事ばかりしてるからさ。先生達は放っておいてるみたいだけど」

「そうなんだ」


 先生たちは、生徒に構ってる余裕はないのだろう。

 もちろん、人によるけど、大抵は相手にしてくれない。


 ボクは周りを見た。


 周りの生徒たちは、――笑っていた。

 川野君が階段から落ちたことは、ボクら生徒にとって、面白いニュースでしかない。

 聞く人が聞けば、「とんでもないこと」と言いかねないが、事実だ。


「えいっ」


 ぷに。

 頬を指で押された。

 ユイさんは、にっと笑った。


 日差しが当たって、ユイさんの髪の色は艶が増す。

 目の光は爛々らんらんとしていて、無邪気な笑顔だった。


「そんなに落ち込んでると、ユイのペットにしちゃうよ?」


 両側からぷにぷにと頬を触られ、餅をこねるみたいにして揉まれる。


「なにそれ?」

「あ、笑った。うり~っ」


 ユイさんは変わってる。

 女子なのに、スキンシップが多いし、死んだっていいような人間にまで、太陽のように笑う。


 ふと、ボクは思うのだ。


 ――これで、良かったんじゃないかな。


 黒い自分が、心の中で囁く。

 その正体に気づくと、ボクは自己嫌悪に陥って、やはり塞ぎ込んでしまう。


「ね。夏にね。お母さんたちがキャンプに行こうって」

「へえ」


 同じ部落に住んでる事は知っているけど、会ったことはない。

 元々、こっちの人間じゃないから、ユイさんとも幼馴染ってわけではないし。


「お母さんに相談したら、リクくんも連れてきていいって」

「ボクは……」

「行くの」


 ぎゅっ。


 ユイさんは意外と力が強かった。

 頬を膨らませて怒り、ボクが黙っていると、さらに力を込めてきた。


「い、痛いよ……」

「行くって言って」


 ぎりっ。

 爪が食い込み、さすがに体がビクついた。


 自慢じゃないけど、ボクは女子より力が弱い。

 あまり食べないから、体もやせ細っているし、突き飛ばされたら簡単に転ぶ。


 そんなボクだから、ちょっとした力は、かなり強く握られているように感じる。

 でも、この握り方は、ちょっと変だった。

 四指の爪が手の甲に食い込んでいて、親指は手の平に入り込んでいた。


 表情こそ、いつもの可愛らしい雰囲気のままなのに。


「……予定が……空いてたらね……っ」


 スッと力が抜けて、ボクはさりげなく机の下に手を隠した。

 爪の痕が残っていた。


「誰かとお出かけ?」

「ううん。そうじゃないけど。でも、分からないから」

「んー、……じゃあ、さ」


 スマホを取り出し、チャットのアプリを起動する。


「ID教えてよ。連絡先交換すれば、やり取りできるじゃん」

「アプリ……」


 スマホの画面とユイさんの顔を交互に見つめる。

 ボクはチャットのアプリを使わない。

 ゲーム内でチャットはするけど、スマホには入れていない。

 入れたとしても、使わないし、連絡を取る人がいないからだ。


「どうしたの?」

「その、ボク。アプリ入れてなくて……」

「えー、スマホ貸してー」


 言われるがままに、ボクは自分のスマホを渡した。

 すると、手慣れた操作で、ササッとアプリをインストールする。

 何気に電話帳まで見られたけど、ユイさんは何も言わなかった。


 アプリがインストールし終わると、自分のスマホも操作して、IDの登録が終わる。画面には、『ゆいゆい☆』という名前が、フレンドリストに載っていた。


「名前は、適当に決めておいたから。変えたかったら、後で変えてね」


 自分のプロフィールを見ると、『ころり』と表示されている。


「さーて。連絡先もゲットしたし。お菓子食べに行こーっと」


 背伸びをして立ち上がり、ユイさんはまた歯を見せて笑った。


「じゃね。後で連絡してね」


 小さく手を振って、教室を出て行くのだった。

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