短編集
蓑虫
眠らない方法
5歳上の隣の兄ちゃん。小さい頃から仲が良く、小学校から帰ると毎日遊びに行っていた。
「今日も来たね、上がって」
無表情で抑揚のない声で出迎えてくれた。いつ遊びに行っても家にいたので、今思えば引きこもりみたいなものだったのかもしれない。
兄ちゃんは人気のゲームを沢山持っていて、そんなゲームをしながら兄ちゃんはいろんな話を教えてくれた。殺人者にだけ見える妖精の話、登ると発狂する山、神官を惑わす幻、眼鏡の隙間からだけ見える人、言ってはいけない言葉、動物の魂が入った人間の話など。どれも嘘くさい話で首を傾げながら聞いていた。ゲームではなくその話を聞きに来ていたのかもしれない、そんな不思議な話に小学生の僕はいつもワクワクしていた。
中学校に入ると勉強や部活動で忙しくなって、そんな頃に近所の猫やカラスが殺される事件が発生し、犯人は兄ちゃんだと噂になったことがあって、それで兄ちゃんの部屋から足が遠のいてしまった。
そうこうしてる間に、ちょうど自分が高校生の頃に隣のおじさんが亡くなり、兄ちゃんはおばさんと一緒に何処かへ引っ越していった。
「○○」
会社の帰り、不意に後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると見覚えのある顔、兄ちゃんだった。
「久しぶりだね」
昔と変わらない、無表情で抑揚のない声で言う。
「声をかけようか迷った」
「あの頃より身長伸びたからね。僕のこと、わからなかった?」
「いや、そういうことじゃないんだ」
無表情のまま兄ちゃんは答えた。意味がわからなくて、僕は少し首を傾げる。それを見て兄ちゃんは少し笑った。
「俺が話すと○○はいつもそんな顔をしてたね。思い出したよ」
僕も少し笑う。
「○○、晩飯まだだろう?飯でも食べながらどういう事なのか話してあげるよ」
ファミレスに入ると兄ちゃんは話し始めた。
「眠らなくてもいい方法の話、覚えてるか?」
兄ちゃんの話はだいたい覚えている。眠らなくてもいい方法は実に簡単な事だという話。日常生活のなかでふとした瞬間に偶然やってしまいそうな事だが、それを実際偶然やってしまった人はいない。その方法に気付いた人だけがそれをする事ができ、睡眠から開放されるのだという。
「その方法をこの前知ったんだ。今度試してみようと思っている。その前に○○に会っておきたかったんだ。この話を信じてくれそうなのは○○だけだからね」
僕はまた首を傾げた。やっぱり意味はわからなかったが、あの時と同じように心はワクワクしていた。
ご飯を食べてそのまま別れて、それっきり兄ちゃんと会う事はなかった。連絡先は聞かなかった。聞く必要がないと思ったからだ。兄ちゃんが生きているか死んでいるかはわからない。
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