第23話 ジャクニクキョーショク

 獣区にあるピピアの家に着くと、家の中ではピピアの奥さんと思われる犬の獣人が何やら手仕事をしていた。内職というやつだろう。 日本にいた時も俺の婆ちゃんがよく木の籠のようなものを作ったりして趣味と実益を兼ねた内職の仕事をしていたが、彼女が作っているのは本物の花と見間違うくらい綺麗な造花だった。


「今帰ったぞ!」


「あら、おかえりなさい。早かったのね」


「「「 おかえり父ちゃ~ん!! 」」」


内職をしているピピアの奥さんの横で5人の子供たちがじゃれ合って遊んでいる。子供たちは犬が2人に猫に狐に、、、アレはタヌキだろうか? とにかく全員バラバラの種族だった。


ピピアも奥さんも犬人族という犬の獣人のはずだが・・・・。


「あら、そちらの方たちは?」


「あぁ、こちらは・・・・」


「クンクン・・・、うわぁ、なんか父ちゃんが持ってるこの箱からイイ匂いがするぞ!? 父ちゃん父ちゃん、なんだこれ? なんだこれ??」


「アナタたち! お客様の前でお行儀悪いですよ」


「いいんだ。ほれ、土産だ。みんなで分け合って食べろよ」


「やったぁ!!」 「早く開けてみようぜ!!」 「オイラが開ける!! ひっぱるなよ!!」


箱の中身はもちろん俺の店で出している菓子だ。だが、菓子など見たことがない子供たちは菓子が入った箱を開けると全員戸惑い食べる事を躊躇していた。


箱の中に入っていたのはライラの好きなパンケーキやヴィエラが好きなガトーショコラ、そして現在自称スイーツソムリエのニナ一押しスイーツであるプリンの3品だが初めて見る子供たちにはそれらの菓子が奇妙に映ったようで、『お前ちょっと食べてみろよ』と言わんばかりに菓子が入った箱を囲んで5人は視線を交わし合っていた。


「食べませんですか? では私が食べちゃいますですよ?」


そう言うとニナはさっきまで隠れていたライラの背後からひょっこりと顔を出し子供たちに駆け寄る。そして腰に差したダガーナイフを鞘から抜き子供たちが囲んでいるお菓子の入った箱からガトーショコラを取り出し一口サイズに切って口に放った。


「んん~♪ やっぱりガトーショコラもプリンやパンケーキにマケズオトラズ、メクソハナクソな甘味なのですよ。これを食べられないなんて獣生のサンブンノサンは損していると言ってもカゴンではありませんです」


いろいろメチャクチャなことを言っているが本人に悪気はないのだろう。それどころかニナとしては菓子を大絶賛しているつもりなのだろうが、伝えたい事が上手く伝わらず気持ちが先走っていろいろ間違っている。


「お、お前大丈夫なのか? 腹痛くなったりしてないか?」

            ――――失礼な。


「お腹? なんともないですよ??」


「じゃ、じゃあオイラも・・・・」


そう言うとニナよりも小さいタヌキの子供が恐る恐るパンケーキを手に掴もうとする。


「待つのですよ!!」


「な、なんだよ?」


「そのまま食べてしまったらみんなが食べられませんですよ。ここはキントーに分け合いますです」


ニナは再び自分のダガーナイフを鞘から抜き目にも止まらぬ速さでガトーショコラとパンケーキを一口サイズに切った。


「おお~、すっげぇ~!! チビ、お前実はスゴイ奴だったんだな!!」


子供たちの中では一番体の大きい犬人の子供がニナの剣技に感嘆する。


「チビじゃありませんですよ。ニナはニナって名前なのですから私のことはニナって呼びますですよ」


「ありがとう、ニナ」


犬人の子供に代わり一番年下のちびっ子タヌキ君がニナにお礼を言った。


「お安いごようです。このくらい冒険者の私には朝ティータイム前なのですよ」


お礼を言われニコッと微笑むニナを見たチビッ子タヌキ君は顔を赤くしてニナから目を逸らしていた。ちびっ子タヌキ君も子供といえどしっかり男の子のようだ。


そんな2人を見ていた他の子供たちも、パンケーキやガトーショコラが食べても安全な物だとわかるや否や我先にと手をのばし夢中で口に放り込んでいきあっという間にパンケーキとガトーショコラはなくなってしまった。


問題は最後に残ったプリンだ。


俺はピピアの家族は奥さんと子供の3人家族だと思っていたためプリンを3つしか持ってこなかったのだ。最悪俺がスキルを使ってプリンをもう2つ出そうかとも思ったが、足りない3つのプリンを見たニナが機転を利かせてくれた。


「なぁニナ、これ人数分ないけどどうすんだ?」


「ふふふっ お菓子というのは望めば食べられるものではありませんですから。ショセンこの世はジャクニクキョーショクだってますたぁが言ってたのですよ。プリンは勝者にのみ与えられるユイイツムニのお菓子なのです。そんな簡単に食べられるものではないのです」


「ジャクニクキョーショクってなんだ?」


「・・・・」


「なぁ、ジャクニクキョーショクって・・・・」


「と、とにかくプリンは誰でも簡単に食べられませんですから。ジャンケンで勝った人が食べると決まっているのです」


「なぁ、ジャクニクキョーショクって・・・・」


「はい、はじめますですよ!? じゃーんけーん・・・・」


弱肉強食の意味が説明できず誤魔化すようにニナは無理矢理ジャンケンを始めた。それにしてもこの世界にジャンケンなんてものがあることに俺は少し驚いた。もしかすると俺のように日本からこっちの世界に送られてきた誰かが広めたのだろうか? 


   ―――――ここまで俺のような転移者の話は聞いた事がなかったのだが。


「ねぇねぇ、ニナちゃんもジャンケンするの?」


パンケーキに夢中だった猫獣人の女の子が箱から出し確保していた自分の分のパンケーキを食べる手を止め不思議そうにニナに尋ねた。まぁこのお菓子セットは自分の父親が持って帰ってきたのだからニナが食べるのはおかしいと思うのは当然といえば当然だ。


「もちろん私もジャンケンするのです。プリンは大好物なのですよ」


「えぇ~・・・・」


「ふふふっ ショセンこの世はジャクニクキョーショクなのですよ」


「なぁ、だからジャクニクキョーショクって・・・・」


「はい、いくですよ? じゃーんけーん・・・・」


「「「 ポン!!!!!! 」」」


グーを出したニナ以外全員がパーを出しニナは真っ先にプリン戦争から脱落することとなった。その後、ニナは数秒自分の出したグーを恨めしそうに見ると「レンケイ攻撃はズルいのです。反則なのです」と、子供たちに向けて負け惜しみを言うと可愛らしい自慢の猫耳をペタンと伏せ俯き、トボトボと残念そうに俺たちの所へ戻って来た。


「うむ、プリンは残念だが戦士は負けを知って強くなるものだ」


「何言ってるのよライラちゃん。ニナちゃんはわざと負けたのよ。自分が食べたいからってプリンを食べたことない子供たちから奪い取るようなことするわけないでしょ」


ヴィエラの言葉にニナはハッとして顔を上げる。


「そうであったか。どうやら私はニナを見くびっていたようだな、許してくれ」


「も、もちろんわざと負けましたですから。私はプリンなんていつでもどこでもいくつでもたべられますですから悔しいとか全然ないのです。なんならプリンはそこまで好きでもないのですよ」


「そうか、じゃぁニナは明日からおやつは抹茶アイスにしよう」


「そ、それは困るのです。1日1回はプリン食べたいのです」


スイーツ好きでスイーツソムリエを自称するニナも抹茶とアロエが入ったスイーツは苦手らしく店で出しても微妙な顔で食べていた。本人曰く、「苦いのが甘いのを邪魔している」とのことだが俺が抹茶アイスを食べても苦味などは全然感じなかった。


もしかするとニナの舌は俺なんかよりずっと鋭敏なのかもしれない。


ピピアは奥さんに食べさせるはずの菓子を分けておくのを忘れたようで菓子は全部子供たちがたべてしまった。ピピアの奥さんも苦笑いをしておりさっきジャンケンで負けて戻って来たニナ同様に耳を伏せ残念そうにしていた。


そういえば、さっき菓子を美味そうに食べている子供たちを羨ましそうに見ていたが彼女もライラやヴィエラ同様に甘いものが好きなのかもしれない。俺はピピアの家を出て玄関先でスキル『甘味屋』を使い店を出すとピピアの奥さんのためにカフェオレと菓子を数点持って再びピピアの家へと戻っていった。

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