第17話 奴隷紋と獣区の長

日が沈み始め町は真っ赤な夕焼けで赤く染まる。この世界の夕焼けは本当に町が燃えているのではないかと思うくらい真っ赤に染めるのだ。アルヴィナ村での営業初日ということもあってか今日1日、店の客はこの子たち4人だけだった。子供たちは俺が出したパンケーキとオレンジジュースを食べ終わるとすっかり気を許してくれたようでこの町のことや自分達のことを俺に話してくれた。


 彼らは言葉も喋れない頃にこの村にやって来たようだ。といってももちろん、そんな幼い彼らが自分の意志でここへ来たわけではなく、彼らの親はそれぞれ冒険者のパーティや商人たちが隊を組んで旅をする商隊と呼ばれる一団にいたようだ。


彼らは、旅の途中に男女の関係になった冒険者パーティのメンバーや商隊のメンバーが生んだ子のようで、子供なんかがいては旅が続けられないと思ったこの子らの親がこの村に捨てて行ってしまったようだ。


何とも世知辛い世の中だ。


 それでも、この村の獣区に捨てられたことが不幸中の幸いだった。獣人という種族は仲間意識が強いらしく、捨てられていた子供が自分たちの同胞である獣人だとわかると獣区の獣人たちは力を合わせて彼らをここまで育ててくれたようだ。


だが、獣区の獣人たちも決して豊かな暮らしをしているわけではない。寧ろ、自分たちが食べていくだけでも精一杯なため、ポックルたちが言葉を喋れてある程度自分の事ができる年になると早々に支援を打ち切られたため、自立することとなった。


そんな彼らだったが、今では靴磨きに始まり誰もやりたがらないような力仕事や汚れ仕事、さらには命がけの仕事など頼まれれば何でもやり、腹が減ったら道に生えている草を食い飢えを凌いで何とか生活していたようだ。


「誰もやりたがらない仕事や命がけの仕事なんかしても生活は豊にならないもんなのか?」


俺はふと疑問に感じ彼らに聞いてみた。誰もやりたがらない仕事や命がけの仕事なんてものをやるのであればギャランティはかなりいいはず、そう思い聞いたのだが、俺はその迂闊な発言をすぐに後悔した。



「あぁ、人族ならそうだろうね。でもオイラたちは獣人だから・・・・」


「仕事をくれるのは人族だからお金が少なくてもワガママ言ったら2度と仕事を貰えないんだよ」


獣人という種族は普通の人間より力があるため力仕事はたいした苦にはならないのだとカイルは笑っていた。


人族である俺の前でも人族が嫌いな事を隠そうとしないポックルは怒りを隠しきれないといった感じで怒気を含んだ声で、逆にテトラとカイルは人族である俺に気でも使ったのか苦笑いを浮かべながらそんなことを教えてくれた。


ポックル、テトラ、そしてカイルは自分達とまだ幼く仕事に就けないミーアのために毎日必死に働き懸命に生きているようだ。俺もそんな彼らを何とか助けてやりたい気持ちになったが、俺がこの子らにしてやれることなど精々この村で店を営業している間だけ腹一杯食わせてやることくらいだろう。


そんなことを考えていると店の扉がバタンと勢いよく開いた。


「ただいま帰りましたですよ、ますたぁ! 聞いてほしいのです、今日私は剣技というものを・・・・」


そこまで言うとニナは、店内にマスター以外の見知らぬ顔が4つあることに気づき言葉を止める。数秒店内に沈黙が流れ、その後、ニナの後ろから店に入って来たライラが背負っていた猪のような魔物を背負い投げをするように無造作に店内に置くとテトラたちは「おぉ!!」と感嘆の声を上げた。


猪を店内に置いたライラはカウンター席のいつもの場所に座りパンケーキとミルクティーを注文した。そんないつものライラを見てニナはハッと我に返る。


「私も食べますですよ。ますたぁ、私もライラちゃんと同じパンケーキとミルクティを注文しますです!!」


そう言うとニナは店内入口からカウンター席まで走って来て右端のいつもの自分の席に座り、腰にぶら下げた布袋から銅貨1枚をカウンターテーブルに置きマスターに飲食代として支払った。従業員であり看板娘でもありマスコットでもあるニナから金をとるつもりなど無かったのだが、「ニナはもう立派な冒険者なのだ。一人前に扱ってやれ」というライラの言葉を受け俺はニナに従業員割引価格で甘味や飲み物を提供することにした。



『ちゃんとお金を支払って食べる』



どうやらこれがニナにはたまらなく嬉しかったようで、冒険者として初めて依頼をこなし依頼料を受け取った時などは稼いだ依頼料全額使って飲み食いするつもりだったらしく俺とライラが必死に止めたものだ。


ニナには内緒なのだが、ニナが飲み食いしてうちの店に支払った分の金はニナに気づかれないようにうちで働いた分の給料として上乗せしこっそり返している。



「なぁお前・・・・」


「おふぁぇふぇふぁふぁいふぇふよ、もぐもぐ・・・・ふぃふぁっふぇふぁふぁえが・・・・もぐもぐ・・・・」


「・・・・いや、ぜんぜんわかんねぇよ。口の中の物飲み込んでから喋れ」


ポックルがニナに話しかけた。人族の俺やライラといるニナがイジメられたりしなければいいがと思い、俺はハラハラしながら2人の成り行きを見守るがテトラやカイル、それにミーアの様子を見る限りそういったことはなさそうだった。


もぐもぐ・・・・ゴクン・・・・


ニナが口いっぱいに放り込んだパンケーキをミルクティと一緒に流し込むと上手く飲み込めなかったのか、胸をトントンと少し苦しそうに叩いていた。口の中の食べ物をなんとか飲み込むと目の前にいるポックルたちを見てニッコリと笑って右手を差し出した。


「私の名前はニナっていいますです。イゴ、オミシリオキをしますですよ!」


使い慣れない言葉を頑張って使うニナを見て俺とライラは「ぷっ」と笑う。ニナはなぜ俺とライラが笑ったのかわかっていなかったようで不思議そうにこっちを見た。


「おう、オイラはポックルでこっちがテトラ、そしてこっちがカイルでそのカイルの後ろにいるのがミーアだ。よろしくな」


「よろしくお願いしますです」


また自分の自己紹介を取ったとミーアが少し怒っていたが、さっきみたいに泣き出す事はなかったので俺は少しホッとする。そんな感じで初対面の挨拶が済むとニナはポックルたち4人全員と握手をしていった。どうやら獣人は仲間意識が強いというのは本当のようで、俺とのファーストコンタクトの時とは比べものにならないくらいニナとポックルたちはあっさり打ち解けていた。


「あ、そうだ。お友達になった印にこれあげますですよ」


そう言ってニナはポケットに入っていた紙包みを取り出し、中にあった色鮮やかな粒々の菓子を一摘みずつ4人に配る。


「うわぁ、すごく綺麗。これなんていうの?」


一番最年少のミーアがニナから貰った色鮮やかなお菓子に興味を持ったようでニナに聞いた。ポックルはニナから貰ったものが宝石の類だと思ったようで「売ったらいくらいくらいになるんだろう?」などと独り言を言っていたが、貰った菓子から甘い匂いがしたようですぐに食べ物だと気づいたようだ。


「これはコンベントウといいますですよ。エゼルバラルの町にいた時ますたぁが私にくれましたです」


    ―――――金平糖(コンペイトウ)な。


「コンベントウっていうのね。食べられるものなの?」


「もちろん食べられますですよ!! コンベントウは甘くてとっても甘いですから」


  ―――――まぁ甘い以外に感想がないのはわかるが自称スイーツソムリエとしてどうなんだそれは?


「ニナちゃん、これ食べていいの!?」


「もちろんいいですよ! ミーアちゃんと私はもうお友達なのだからエンリョはムヨーに願いますです」


ミーアがニナから貰った金平糖を食べようとした時、ライラが慌てて止めに入る。ライラはニナが自己紹介を終えるのを見た後パンケーキとミルクティを食すのに集中しニナがミーアたちに金平糖を配っている事に気づかなかったようだ。そんな中、ふとニナの方を見て青ざめた顔になると慌てて止めに入った。


「待て! それを食べてはイカン!!」


「なんでなのですか? コンベントウは甘くて甘いですよ? ミーアちゃんたちにも食べさせたいです」


ニナやミーアたちはわけがわからず困惑している。ライラも慌てて食べていたパンケーキを飲み込んだためか少し苦しそうにしていた。


「それがダメなのだニナ。奴隷は主人から与えられた物を他人に勝手に譲渡するとそなたの胸に刻まれた奴隷紋がそなたを殺してしまうのだ」


「えぇ!?」


「そんな・・・・奴隷って・・・・」


「やっぱり人族は信用できねぇぜ・・・・」


「ニナちゃん・・・・」



ミーアたちはニナが奴隷と聞いて驚いている。そして俺も驚いている。確かにニナは元奴隷であったようだが、主人である商人は行商中にモンスターに襲われて死んだはずだ。その際、ニナは商人の奴隷という立場から解放されたと聞いていたが違うのだろうか・・・・。


「正確には、ニナは商人の奴隷からは解放されたが今ニナの主人はマスター殿になったのだ。主人を失った奴隷は拾った者が所有者となるからな。つまりニナは今も奴隷という身分は変わらず、その奴隷であるニナは新しく主人となったマスター殿から下賜された物を勝手に他人に譲ってしまうと罰せられてしまうのだ。もうすでに奴隷紋などというものは取り除いたとばかり思い私も油断していた・・・・」


     ―――――そんなバカな・・・・。


俺は唖然とした。


正直、奴隷の主人なんていう人の道から外れた称号は勘弁してほしい。俺は何とかニナを奴隷から、そして俺を奴隷の主人なんていう称号から解放できないものかとライラに尋ねる。するとどうやら、ニナを奴隷から解放するためには奴隷商の所へ行き正式な手続きを踏んだうえで胸に刻まれた奴隷紋を除去してもらうしかないようだ。


ちなみに、以前ニナの首に巻かれていた奴隷の首輪はニナの前主人であった商人が死んだときに簡単に外れた。あの首輪は商人が奴隷商から買い勝手につけたものらしく、商人が死ぬと同時に効力を失ったようだ。


「ライラさん、この村に奴隷商はいるのでしょうか?」


「いや、この村には奴隷商人などいなかったはず・・・・。奴隷商人がいるとすればエゼルバラルか私たちが目指している町だろう」


「では急ぎそこへ向かいましょう。そんな物騒な紋などすぐにでもニナから除去してもらわないと」


「だがマスター殿、この店はどうするのだ!? 10日間の契約が満了する前に村を出るとなると多額の違約金が発生してしまうぞ」


たしかに違約金はかなり痛いが、そんなものよりうちの従業員の命が大事だ。俺は迷うことなく首を横に振った。ここからならエゼルバラルの方が近いのだが、いろいろあってエゼルバラルには帰れない以上ニナには悪いが次の町まで我慢してもらうしかないのだ。


「かまいません。うちの従業員の命に比べれば違約金など安いものです」


そう言い放った俺を見てライラは「ふっ」と笑う。


「マスター殿ならそう言うと信じていたぞ! では急ぎ目的地の町を目指そう」


ニナの奴隷紋を除去してくれる奴隷商がいるという町を目指し旅支度を始めようとする俺とライラをニナが引き留める。初めてできた同族の友達と別れるのが寂しいのか、自分は大丈夫だからと言ってこの村で店を続けたいと俺に懇願してきた。


だが、いくらニナの頼みでもそれを聞くことはできない。奴隷紋などという物騒なものがいつ、どんな状況で発動してしまうかわからないのだ。たとえば、俺がニナにあげたものを脅されて取られたりした場合でもニナの胸にある奴隷紋が発動するかもしれない。


そんな物騒なものは一日でも早く取り除いてしまうのがいいに決まっている。俺はニナの制止を振り切るように急いで旅支度を続ける。



「そんな所に行かなくても奴隷紋の除去できるぞ・・・・うちの長ならきっと・・・・」


ポックルが俺たちとは逆の方向を向きながら言った。


「なんと! それは真か!?」


ライラが明後日の方向を向いて教えてくれたポックルに詰め寄るが、ポックルは少し複雑な表情をしている。どうやらこの村には人族の村長とは別に獣区を管理し獣人たちをまとめる獣人の長がいるらしい。その獣人の長がどういうわけか奴隷紋を除去できるのだとポックルは俺たちに教えてくれた。


だが、なぜかポックルの顔色が優れない。ポックルだけではない、ミーアもテトラもカイルも4人の子供たち全員が少し困ったような顔をしている。ここは人と獣人の関係があまりよろしくない。そのため、その獣区の長という人物と俺たちが合う事に何か問題でもあるのかもしれない。


それでもニナの奴隷紋を除去できるならと俺はポックルに獣区の長に面会できるように頼もうとしたが、俺とポックルを遮るように横からライラが割って入って来た。



「とにかくその長という者の所へ案内を頼めないだろうか?」


気品すら感じる美人で堅苦しい喋り方をするものの、普段は豪快で冷静なライラが珍しく慌てている。きっと、師匠としても弟子のニナが心配なのだろう。


「・・・・わかった。そのかわりオイラたちの頼みも聞いてほしい」


「うむ、私にできる事であればかまわぬよ。言ってみるといい」



ライラの言質を取ったとばかりに喜ぶポックルは深呼吸をしてライラに自分の頼み事を伝える。





「オイラたちに冒険者を教えてほしいんだ!!!」

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