第16話 『人区』と『獣区』

 俺はアルヴィナ村の商業ギルドに手配してもらった場所にスキルで店を出し、営業を始めていた。当初、この村では一泊したら翌日には旅立つつもりだったのだが、最近名実ともに『甘味屋』となってしまっていたため、少しでもこの世界の人たちにコーヒーを知ってもらおうと、ささやかな抵抗をするつもりで10日間という短い間ではあるが滞在する事にしたのだ。


その事をボディガードであるライラに伝えると、「旅が長引けばその分マスター殿の甘味を味わえるので大歓迎だ」などと言われてしまい、コーヒー屋のつもりの俺としては複雑な気分だった。


俺のスキルも、店の名前が『甘味屋』となったことに伴って『甘味屋』という名称のスキルへと変わった。まぁ、変わったといってもスキル名が『茶房』から『甘味屋』に変化しただけで能力的な事は(たぶん)今まで通りだ。


 そんな俺たちが10日間滞在させてもらうこととなったこのアルヴィナという村はエゼルバラルの町ほど賑やかではないが、人族と呼ばれる俺の様な人間たちと獣族と呼ばれるニナのような頭に猫や犬の耳を付けた獣人たちとが共同生活をしているようで村の中ではエゼルバラルではあまり見かけなかった獣人という種族が多く見られた。


否、共同生活というのは語弊があるかもしれない。


たしかに同じ一つの村に2つの種族が暮らしてはいるが、村には境界線が引かれ人族と獣族が生活するスペースはそれぞれ分けられていたのだ。少し前まで、村では種族間のトラブルが多かったらしく、先代の村長だかが人族と獣族はそれぞれ分かれて生活するべきだと提案し、村の2/3を人族が、残りの1/3を獣人たちが生活するスペースとして分け、それぞれ同じ村にいながらあまり交流することなく暮らしていた。


     ―――――世界は変われども、こういう問題があるのは変わらないな。



 俺がいた日本でも、隣の家の木の枝が少し自分の家の敷地内に入っていると言ってクレームをつけてくるおばさんがいたり、酷いものでは隣に家が建ったせいで日当たりが悪くなったと言って裁判沙汰になったなんていうご近所トラブルもあったくらいだ。人と人とが共に生活する以上、こういう問題は避けられないのだろう。


だが、この村のパワーバランスはやや人族側に傾いているようだ。それは村を見れば一目瞭然で人族が生活しているスペースの方があきらかに広く、彼らはエゼルバラルの町の人と同じような服を着てちゃんとした家や畑もあった。食事も畑で取れた農作物や狩猟などで狩った鹿や猪のような動物の肉などを食べており、人族は豊かな生活を送っているように見えた。


      ――――だが食べているパンは黒くて硬く、美味くはなさそうだ。


衣食足りて礼節を知る、などという言葉があるように豊な暮らしをしている村の東側の人族に対し、西側の獣区に住む獣人たちはというと、汚れた麻の服を着た獣人の子供たちが空腹に耐えきれず道端に生えている草を食べていたり、何やら食料を取り合って喧嘩をしている大人の獣人なんかもいたりした。


西側に建てられている獣人たちの家も、木で雑に組み上げた骨組みに葉や藁をかぶせただけの簡単なもので、とても雨風がしのげるものではなく獣人たちが住む獣区は衣食住の全てが足りていない状況に感じられた。



「西と東でずいぶんと町の雰囲気が違いますね」


町の様子を見た俺がライラに尋ねる。


「獣人さんたちが可哀想なのです。村のすみっこで生活してますですよ? 獣人さんたちの場所が人族さんに比べて狭すぎますです」


ニナも酷い暮らしをしている獣人たちを心配しているようだ。


「この村は元々人族だけの村だったのだが、先々代の村長ができた人でな。魔物に集落を襲われ路頭に迷っていた獣人たちを村に招き入れたため人族と獣族が一緒に暮らすこととなったのだ。だから人族と獣族が生活する場所を分けるのであればこうなるのは仕方ない事なのかもしれんな」


ライラはこの村にも詳しいようで何も知らない俺やニナにいろいろ教えてくれていた。後を継いだ先々代の村長の息子は父と違い大の獣人嫌いらしく、先々代が亡くなるとすぐに獣人たちに村から立ち退くように要求したらしい。


だが、先々代の村長はそうなることを予見して自分の死後も獣人たちがこの村を出て行かなくていいように領主様に手紙をしたためたようだ。


手紙の内容についてはライラも知らないようだったが、どうやらその手紙のおかげで獣人たちもアルヴィナ村を出て行かなくてよくなったようだが、先にこの村に住んでいた人族からすれば突然やって来た獣人たちに自分たちの生活空間を占領され面白いわけがななかった。


それにしても、いくら獣人たちが後からこの村に来たのだといっても、この村の対応は獣人たちにあまりにも酷いように俺には見えた。


「うむ。マスター殿はこのアルヴィナ村は初めてか? この村では獣人たちと先住民である自分たち人族とを分けて生活しているのだよ。表向きは『種族間のトラブルを回避するため』などと言ってはいるようだが実際は・・・・」


そこまで言うと、ライラはハッとニナを見て慌てて言葉を止める。ニナはライラがなぜ話すのを止めたのかわからず、首を傾げながら不思議そうにライラを見て言葉を待っていた。


「ニナ、こんなところで油を売っている暇はないぞ!! そなたは修行のためこれから私と共に討伐依頼をこなさなければならぬのだからな」


「そうだったでした!! 私には魔物さん討伐のお仕事がありましたですよ!!!」



ライラも獣人であるニナがいる前でその先を話す気にはならなかったのだろう。その後、ニナの修行のため討伐依頼を受けると言って話を切り上げると誤魔化す様にニナの腕を掴み冒険者ギルドへと走って行ってしまった。



 そして一人になった俺は今、ここ獣区で店を営業している。これには理由があり、人族である俺がやる店なら東側の『人区』と呼ばれる人族が住む場所に建てることもできたのだが、獣人であるニナが人区にいると村人から嫌がらせを受けるかもしれないと商業ギルドが気を利かせ俺に西側の『獣区』での営業を提案してくれたのだ。


冒険者ギルドや商業ギルドという所は国からの支援を受けていないため、国がギルドに介入することも認めていない。もし仮にギルドが国の介入を許してしまえば戦争などの国同士のいざこざに関係ない冒険者や商人が使われしまうからだとライラが言っていた。


そのためか、冒険者ギルドや商業ギルドで働くギルド職員たちは獣人に対しても偏見は無いようだった。というか、冒険者ギルドでは獣人がギルドマスターをやっている支部もあるようだ。


なんにしても人族も獣族も仲良くやってもらいたいものだ、などと、呑気に考えながら店のカウンターで仕事をしていると、俺は突然複数の視線を感じ慌てて店内を見回した。


だが、店内には俺以外誰もいない。

  ―――――誰かにじっと見られているような気がしたんだが・・・・。


俺は何気なくカウンターの中から窓の外を見る。するとそこには犬の男の子が2人、そしてあれは鼠の獣人だろうか、3人の獣人の子供たちが店の外で窓に張り付き横一列に並び真剣な顔で俺の店を覗き込んでいたのだ。


   ―――――やはり人族である俺が獣区で店など出したものだから獣人たちが抗議に来たのかもしれない。



そう思った俺は、何とかニナのためにも穏便に獣人たちに受け入れてもらおうと窓から店内を覗いている子供たちを呼び、店の中へと招待した。子供たちは犬人族の男の子2人と鼬人(ユジン)族の男の子1人、そして店内から子供たちを発見した時には気づけなかったが、窓から店を覗き込んでいたこの3人の後ろにもう1人、猫人族の女の子がいた。


猫人族の女の子は男の子たちより少し小さかったため、窓のある高さまで背が届かず彼らと一緒に店内を覗くことができなかったようだ。犬人族の2人のうち狼犬がそのまま人型になったような全身モフモフの毛皮で覆われたタイプの獣人の子は名前をテトラといい、ニナのように人間の顔や体をして耳や尻尾だけが犬のようなタイプの犬獣人の子は名前をカイルというようだ。


「それで、君の名前はなんていうのかな?」


「気安いぞ人間、オイラは人間なんて信用しないんだ!!」


    ―――――信用できない大人の家に入るのはどうかと思うぞ。


「こら、ちゃんとショタイメンの人にはお名前言わないとダメだってちょーろーに言われたでしょ?」


一番小さい猫人族の女の子がプクッと頬を膨らませながら両手を左右の腰に当てると鼬人族の男の子に説教を始めた。鼬人族の男の子も猫人族の女の子には弱いのか、「わかった、わかったよ」と言って渋々名前を名乗った。


「オイラはポックルだ。よろしくな、人間! んで、コイツはミーアだ」


「あぁ、あたちのじこしょーかい取った!! うわぁぁぁん」


ミーアはポックルの後に自己紹介をするつもりだったようで、その機会をポックルに奪われてしまったミーアが突然泣き出してしまった。子供のいない俺だが、こういう時の対処法はわかっている。要は自己紹介をやらせてやればいいのだ。


「ごめん、ちょっとポックルの声が小さくて君の名前聞こえなかったんだ。悪いんだけど、自己紹介してもらえるかな? ほら、これあげるから」


そう言うと俺はスキルでパンケーキを出しミーアに与えご機嫌を取る作戦に出た。


「うわぁ、すごくイイにおいがする。何これ? 食べていいの!?」


「どうぞ!」


「いただきまぁす!!」


ミーアは自己紹介のことなどすっかり忘れ、パンケーキの乗った皿を左手で持つと右手でパンケーキを掴み一口齧ると想像以上に美味かったのか、身悶えするように喜んでいた。皿にはパンケーキと一緒にフォークを置いておいたのだが、ミーアは手でパンケーキを掴みワイルドに食べていた。


「すっごくおいしい!! これなぁに? ミーア食べたことないよ」


美味しそうにパンケーキを食べているミーアを見ていた他の子供たちもゴクリと唾を飲む。


「君らもパンケーキ食べるか?」


「「 いいのか!? 」」


俺の呼びかけにテトラとカイルは嬉しそうに反応したが、ポックルだけはチラチラとこちらを見るだけで無言だった。どうやら先ほどエラソーな事を言ってしまった手前、人族の俺から食べ物を貰うのは恥ずかしかったようだ。俺はテトラとカイルにミーアと同じパンケーキを与えると彼らは夢中で口に頬張っていた。テトラとカイルもフォークは使わず手で食べているのを見るに、どうやらこの村の獣人たちは人族のように道具を使って物を食べるということをしないのかもしれない。


パンケーキを夢中で頬張っている3人を羨ましそうにチラチラ見ているポックルにも俺はパンケーキを渡した。


「え・・・なんで? 俺食べたいなんて一言も・・・・」


「あぁ、これは俺が食べようと思ったんだけど生憎腹いっぱいで食えそうにないんだ。捨てるのも勿体ないし、悪いけどポックルが処分してくれないか?」


そう言うとポックルは「仕方ないな」と言って俺からパンケーキが乗った皿を受け取り夢中で食べ始めた。どうやら4人の中でポックルが一番腹が減っていたようで、ポックルの皿の上のパンケーキだけが凄い勢いで無くなっていく。


「カイル、俺たちもポックルに負けてられないぞ!」


「おう、ポックルより先に食べ始めたのにポックルより遅く食べ終わったら獣人としての恥だ!!」


そういうとテトラとカイルの2人もポックルに負けじと食べる速度を速めた。

   ――――獣人という種族は早食いで負けるのが恥になるのだろうか?



そんな競い合いながらも美味そうにパンケーキを食べる子供たちを見て、コーヒーを広めるために店を出したこの村でも、俺の店は『甘味屋』として周知される予感がしてならなかった。

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