【閑話】ヴィエラと大旦那様 ~甘味屋にて~

 私の名前はヴィエラ、この町の色町通りにある『花の都』という娼館で用心棒みたいなことをやりながら娼婦としても客を取っている。子供の頃、実の親に捨てられ死にかけていた私を拾って育ててくれたのが色町通りを仕切る大旦那のガラム様だった。


ヴィエラという名もその時にガラム様から付けてもらった名だ。実の親から貰った名は他にあるのだが、、、もう忘れた。この町には娼館で見習いとして働けるのは12歳からという規則があるため、10歳だった私は着るものも食べるものも与えてくれて何不自由ない人並みの生活を送らせてくれる大旦那様に少しでも恩を返そうと思い冒険者ギルドに冒険者として登録した。


 子供であった私では高ランクの依頼など受ける事はできず、またニナのように高ランク冒険者の知り合いもいなかったため冒険者という仕事を独学で学ばなければならなかった。最初は来る日も来る日も薬草採取に荷運び、そして町のドブ掃除なんかをやったものだ。


だが、そんな仕事でも毎日続けていればギルドから認められ冒険者としてのランクも上がった。ランクが上がると小遣い程度だった依頼料も上がったため12歳を迎える前には子供一人が何とか生活できるくらいには貰う事ができていた。朝早くからキツいのも臭いもの我慢し、時には薬草採取で町の外に出た時に魔物と遭遇してしまい命の危険を感じたりしながらも自分で稼いだ金を受け取った時は嬉しいものだった。


その金はもちろん自分で使う気などなく、いつも世話になっている大旦那様のために稼いだのだ。だが、大旦那様は私の金を受け取ろうとはしなかった。私のような汚い孤児から渡された金なんか受け取れないということなのだろうかとも思ったが、そうではなかった。


「それはヴィエラが持っていなさい。これから先きっと必要になる時が来る、その時のために貯金しておくといいよ」


大旦那様はそう言うと私の頭を撫でながら、「よく頑張って稼いだね」と言って褒めてくれた。その時私はこの人に命を懸けて一生涯お仕えしようと子供ながらに誓ったのだが、そんな誓いも空しくそれから1年後に大旦那様との突然の別れがやってきた。



「死因は凍死だとよ」


「えぇ? なんだってあの大旦那がそんなことに?」


「ああ、なんでも・・・・」



 大旦那様は貴族との会合を終えた帰り、夜道で何者かの襲撃を受けたようだ。殺された大旦那様の遺体は凍らされており、心臓には杭の様な鋭い氷が突き刺さっていた。


色町通りを仕切り富を独占しているなどと根も葉もない噂を信じ込み大旦那様を良く思っていない商人や貴族がたくさんいるのは子供の私でも知っていた。あの優しい大旦那様がそんなことをするわけがない。だって大旦那様は色町通りでは誰もが知っているくらいのお人好しで、何より1文の得にもならない身寄りもない私を育ててくれたのだから。


いずれ町の警備兵によって犯人も捕まり相応の罰が下るだろう、と、女将さんが言っていたので私も静観し成り行きを見守ることにした。だが、いつまで経っても大旦那様を殺した犯人が見つかる事はなかった。


それどころか町の警備隊から大旦那様の死は『不慮の事故』と発表されたのだ。


全身凍らされたうえ心臓に氷の杭を突き刺される不慮の事故とはなんなのだろうか、と、私は初めて怒りで全身が震えた。女将さんも他の娼婦たちも皆、口を揃えて「御上(おかみ)がそう決めたのなら受け入れるしかない」と言って諦めていたが私には到底受け入れられなかった。


その日から私は一人で大旦那様を殺した犯人を捜すことにしたのだ。大旦那様の体からは魔力反応があったと町人たちはが噂しているのを聞いていた私は、容疑者を貴族に絞ると同時に、娼館で娼婦として働きながらギルドで本格的な戦闘訓練を開始した。


本格的な戦闘訓練を始めた理由は、人一人を凍らせるなんて芸当が町の人にできるとは思えなかったからだ。そんなことができるのは膨大な魔力を持つ貴族か王族くらいのものだろう。また犯人が貴族や王族であれば対峙したときに弱いままでは返り討ちにされてしまう。


自分の様な元孤児の娼婦が何を訴えようが貴族や王族に私共々事件を揉み消されるに決まっている。もはや町の警備隊すらも信用できないのだ。であれば、大旦那様の仇は私がとるしかないだろう。


      ―――――私の恩人を手にかけた事、必ず後悔させてやる。




 そんな強い復讐心を抱きながら数年が経ち、15になった私の前にそいつは客として現れた。ある日、私に貴族の男から指名がかかったと女将さんから言われ客の部屋へと行くと、そこには上級貴族へと出世したグスタフという男がいたのだ。


グスタフは、今日は自分が上級貴族へと出世した記念日だと言って私に酌をさせ上機嫌で酒を浴びるように飲んでいた。酔いが回ると気が緩んだのか、自分が昔やった悪行を私にペラペラと自慢するように話して聞かせたのだ。


 どうやらこの男は当時下級貴族の3男として生まれたため家を継ぐことはできず、兄が家を継いだら王都の騎士団へと入団することが決まっていたようだ。だが、騎士などになりたくないと思ったこの男は、虎視眈々と立身出世のチャンスを窺っていた。


そんな折に目を付けられたのが色町通りを仕切る大旦那様だったというわけだ。奴が仕切る色町の利権を手に入れ王族や伯爵以上の上級貴族に売りつけ爵位を買おうと考えたグスタフは、「色町通りの開発発展のための案がある」と言い、大旦那を会合に呼び出すとその帰り道に自らの手で大旦那を殺害し、会合にもってくるようにと言っておいた色町通りの権利書を大旦那から奪ったようだ。


だが、事はグスタフの思い通りにはならなかった。権利書を見せれば確実に食いついてくると予想した上級貴族たちはエゼルバラルの色町の利権なんかに興味を示さなかったのだ。


ここまでかと立身出世を思い諦めたグスタフは、もはやこんなもの持っていても仕方がないと思い、町の商人に色町通りの権利書をなるべく高値で売りつけその金で家を出る事を決めた。そんな出世を諦めたグスタフがヤケクソになって立てた計画は彼に諦めたはずの立身出世のチャンスを再度与えることとなってしまう。


上級貴族たちには相手にもされなかったが、色町の権利書は商人たちが喉から手が出るほど欲していた物だったのだ。商人の中にはあの大旦那を暗殺し権利書を手に入れようと殺し屋まで雇っていた者までいたくらいだ。


グスタフはこれを好機と見るや一商人では手が出せないほどの値段をその場にいた商人たちに吹っ掛ける。商人たちからは当然「そんな大金払える者などいない」と抗議の声があがるが、それこそがグスタフの狙いだったのだ。


「私はこの権利書の値を今言った値より下げるつもりはない。だが、これの価値を十分理解している諸君らのために一つ提案しよう。ここにいる全員で私の提示した金額を支払うのはどうだろう? つまり諸君らは色町の共同経営者という形になるのだ」


商人たちは悩んだ。今この場にいる商人は自分を含め5人、つまり自分の所を除いた4つの商会と色町の甘い汁を分け合うのだ。それではいくら色町の利権を得たとしてもあまりにも儲けが少ないのではないだろうか。


そんな商人たちの不安を理解していたかのようにグスタフは言葉を続ける。


「私の計算ではあの色町は諸君ら5つの商会で分け合っても利益は十分出るはずだ。現に王族や上級貴族たちもこの権利書を狙って私の所へやってきたのだからな」



   『王族や上級貴族が狙ってる』



 商人たちの背中を押すのにはこの一言で十分だった。彼ら商人は王族や上級貴族などと会う機会などほとんどないため、グスタフの言った事が嘘かどうかなどわからないのだ。また『王族や上級貴族が狙っている』などと言われ、自分達が考える以上の利益が見込めるのではないかと思ってしまったのだ。


こうしてグスタフは権利書を商人たちに売り、見た事もないような大金を手に入れると、その金を使い王族や上級貴族の承認を受け自身も上級貴族へと成りあがったのだ。


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「ヒドイがすぎますです! ヴィエラちゃんが可哀想なのですよますたぁ・・・・」


「そうだね・・・・」


「ふふっ ありがとう」


 ニナはヴィエラの話を聞いて目に涙を浮かべながら頬をぷくっと膨らませて怒っていた。俺もヴィエラにかけてやる言葉を探すが何も出てこず沈黙している。というかこの時俺は初めてヴィエラの仕事を聞いたのだがそれほど驚きはしなかった。彼女が連れてくる仕事仲間はみんな容姿端麗で、着ている服もそこら辺を歩いている町人より高価なものだったこともあり何となく彼女たちがどういう人たちなのかは想像がついていたのだ。


娼館で働いていると聞いても変わらない態度で接する俺を、ヴィエラは不思議に思ったようで、「自分が娼婦だと聞いて驚かないのか」と尋ねた。ここでは年も性別も仕事も、家柄だって関係ない。来てくれた人たちは皆等しく『お客様』なのだ。商人だろうが冒険者だろうが娼婦だろうが俺がやることは変わらず美味しいコーヒーを作る事なのだとヴィエラに伝えると彼女は、「この泥水を美味しく作れる人なんていないわよ」と言って笑っていた。



「ねぇねぇヴィエラちゃん、それからどうなりましたですか? 犯人さんは捕まったですか??」


いつものカウンター席でガトーショコラを幸せそうな顔で食べているヴィエラに隣の席から身を乗り出してニナが尋ねる。ヴィエラも口に運んだガトーショコラを飲み込むと「ふぅ」と一息つき、空になった紅茶のカップを2回ほどデコピンをするように人差し指で弾き、チンチンという音を鳴らして俺に紅茶を淹れるように催促した。


俺はヴィエラからの合図を受けポットの紅茶を注ぐとヴィエラは一口飲み隣に座るニナを見た。


「聞きたい?」


「聞きたいですよ! ヴィエラちゃんと犯人がどうなったのか気になって気になって今日は夜しか眠れませんですよ!! お昼寝ができないと私死んじゃいますですから!!」


「あら、ニナちゃんが死んじゃうのは悲しいわね」


「そうなのですよ! 私が死んじゃったらライラちゃんもヴィエラちゃんもきっと悲しみますです。だからその先を私に話して私をお昼寝へとイザナウギムがヴィエラちゃんにはありますです!!!」


そういえばニナは昼休憩の時やライラと依頼を受けた時なんかも依頼先でお昼寝をしているようだ。やはり猫人族というだけあってニナも猫同様によく眠るのだろうかと気にはなったが、今ニナの興味はヴィエラの昔話に向いている。ここで話の腰を折るのも可哀想だと思い俺は聞くのをやめておいた。 


ニナは椅子から立ち上がると、ピョンピョン飛び跳ねながら期待に胸を膨らませ、、、いや、期待に尻尾を振って続きを催促する。そんなニナを見たヴィエラは続きを話す気になったようで、カップに注がれた熱い紅茶をもう一口啜ると昔の記憶を思い出しながら俺たちに語り始めた。

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