第14話 ランクアップ

 町を出てから馬車に揺られること数時間、空には見た事もないような真っ赤な夕焼けが現れ辺り一面が火にでも包まれたかのように真っ赤に染まっていた。これほどの夕焼けは元いた世界では見た事がなかったため、ライラやライラに馬車の操縦を教わっているニナを尻目に俺は一人異世界の夕焼けに見惚れていた。


「そろそろ日が落ちて夜になる。マスター殿、今日はこの辺で野宿にしよう」


ライラの声にニナが馬車を止める。ライラの教え方が上手いのかニナの呑み込みが早いのかはわからないがニナの操縦技術はかなり上達していた。ニナの前に俺もライラから馬車の操縦を教わったのだが、俺が手綱を握ると馬が突然止まったり走り出したり、興奮して立ち上がったりと大変だったのだ。


そんな俺にライラは、「人間誰しも得手不得手がある」と慰めの言葉をかけてくれたが、それ以降ライラが俺に手綱を握らせることはなかった。


「うむ、この短時間でかなり上達したなニナ! もう少し練習したらニナが一人で御者をやっても問題ないだろう」


「本当!? ライラちゃんに手伝ってもらわなくてもやれますですか?」


「うむ! だが油断はいかんぞ? 手綱を握る際はマスター殿や私の命を預かっていることを忘れるな」


「わかったですよ! ありがとですよライラちゃん!!」


 どうやらもう少しでニナの仮免許期間は終わり、いよいよ本免許取得ができそうだ。まぁ仮免も本免も実際あるわけではないがライラほどの一流冒険者からのお墨付きを貰えれば馬車の免許取得と考えて問題ないだろう。そんなニナとは反対に、仮免許にも届かず脱落した俺が馬車の荷台から降りると2人は薪を拾い集めていた。


「あれ? 何やってるんですか?」


「何って、薪を集めているのだよ。寝床は馬車の荷台でいいとして夕飯を作るのに薪を集めて火を起こさねばならないではないか」


「ライラちゃん、薪これだけ集めて来ましたですよ」


「うむ、ごくろう。野宿の際は火を絶やさず交代で見張り魔物を警戒しなくてはならないのだ。今夜は私とマスター殿で見張りをするからニナは寝ててよいぞ」


「ニナも見張りするですよ。ライラちゃんとますたぁだけには任せておけませんです」


「その心意気は立派だが、子供冒険者は早く寝る事がギルドの規則で決まっている! 子供冒険者が遅くまで起きてるとギルドから冒険者の資格が剥奪されてしまうのだ」


「わわわっ。 シカクハクダツは困りますですよ。シカクハクダツされないように今夜は早く寝ますです!!」


「うむ、それがいいだろう」


そう言ってニナを説得するとライラは笑っていた。もちろんそんな規則は冒険者ギルドにはなく、全て長距離で疲れているであろうニナを休ませるための嘘だ。だが、そもそもそんな嘘を吐く必要はない。なぜなら今夜は野宿などせず皆ぐっすり眠れるからだ。


     「 『 茶房 』!! 」


 俺は今夜野宿をするためライラが作ったスペースにエゼルバラルの町に置いてきたはずの俺の店を出す。そういえば未だに店の名前を考えていなかったことを思い出した。エゼルバラルでは店の看板に『茶房』とだけ書かれていたため、うちに来る客は全員うちを甘味屋『茶房』だと思っていたと、この時初めてライラから聞かされた。


     ―――――次の大きな町に到着するまでに考えておこう。


「マスター殿、これはどういうことだ!? マスター殿の店はあの強欲貴族に差し押さえられたと聞いていたのだが・・・・」


 突然目の前に現れた俺の店を見てライラが驚きながら尋ねる。彼女はここに来るまでの間、以前のようにもう俺の店でパンケーキを食べる事はできないのだろうと思い悲嘆に暮れていたらしく、その時間が無駄になってしまったと言いながら笑っていた。


「どうやら俺と店は一定以上距離が空くと消えてしまうみたいなんですよね。んで、また俺がスキルを使えば目の前に召喚できるようなんです」


「じゃ、じゃあ私はまたますたぁのお店で働けますですか!?」


「あぁ、ニナはうちの貴重な戦力だからな! また次の町に到着したら頼むよ」


「もちろん頑張りますです! またあのますたぁから貰った綺麗な服を着て一生懸命頑張りますですよ」


 ニナは店が無くなり作ったばかりの制服も着る機会がなくなったのだと思っていたようで、それが寂しかったようだ。それにしてもあの強欲貴族、狙っていた砂糖が手に入らず今頃どんな顔をしてることやら。俺たちが町から出て行った日、冒険者ギルドと商業ギルドからニドーレンに対しての抗議が直接領主様へ入ったようだ。


冒険者ギルドからはスタンピードで負傷した冒険者たちの命を助けた俺の店が使えなくなったら次にスタンピードが起きた時どう対応すればいいのかという抗議文が送られた。


商業ギルドからは、今や町の外からも俺の店の噂を聞いてやって来る旅人に何と説明すればいいのか、そして数日とはいえかなりの売り上げを出した俺の店を失う事はエゼルバラルにとっての損失だという旨の抗議文だったようだ。


俺としてはもうエゼルバラルに戻る気はない。まぁ知り合ったヴィエラや町の冒険者たちと会えなくなってしまったのは寂しいが、あのニドーレンとかいう強欲貴族と顔を合わせなくて済むなら安いものだ。次にまたあのニドーレンと会ったら今度は何を要求されるかわかったものではないからな。


そんなことを一人考えていると店の中から俺を呼ぶ声がした。


「ますたぁ、お店の中入って来るですよ! なんかスゴクすごいことになってますです!!!」


「こ、これは・・・・どうなっているのだマスター殿!?」


2人の驚く声を聞いた俺は、一瞬ニドーレンが店に何かしたのではないかと思い焦って店内へと駆け込んだ。だが、そんなものはすぐに俺の杞憂に終わる。ニナとライラが驚いていたのは店内が荒らされていたからでも、物が無くなっていたからでもなく、今までとは比べようもないくらい店内が広く綺麗になっていたからだった。


      ――――――これは一体・・・・。


 俺は店内を見回し驚いていると、カウンター席の上に一通の手紙が置かれている事に気づいた。手紙の封を見る限り差出人はあのジイさん・・・・いや、神様だろう。俺は差出人に見当を付けると、手紙を読むまでもなくこの店内の劇的大改造もジイさんの仕業だろうと予想できた。


店内を見渡しながら呆気に取られているニナやライラをよそに俺はジイさんからの手紙を読んでみる。相変わらずズラズラと長い文章が書かれている手紙ではあるが、そのうちの2/3が自分の近況とどうでもいい世間話が書かれていた。そして残りの1/3にこの店の変化について書かれていた。


要約すると、どうやらエゼルバラルでたくさんの人がこの店を利用したことで店のランクというものが上がったらしい。店のランクが上がると俺のスキルもできる事が増え、また店内も便利な仕様になっていくようだ。


ちなみに広くなった以外の店内の変化としては、従業員の休憩所へと続く扉を開けると広くなった休憩スペースと簡易シャワールームができており、更にその後ろに5つ扉ができていた。そしてその5つの扉を開けると、中にはベッドと机や椅子があるだけだったが、どうやら従業員が寝泊りできるように個室もできたようだ。



「ここは従業員の個室みたいだな。じゃあニナ、好きな部屋使ってくれていいぞ。まぁ見た感じどの部屋も中は同じみたいだが」


「いいのですか!?」


俺の言葉を受け、ニナは一番右端の部屋へと入って行った。エゼルバラルで店をやっている時もそうだったが、ニナはどうも右端を選ぶクセがあるようだ。カウンター席に座ってジュースを飲むときも何故か必ず右端にニナは座っていた。


      ―――――何かゲン担ぎでもしているのだろうか?


「マ、マスター殿! 私も、私も個室を使っても良いだろうか!? 見るにこの部屋のベッドは私が見た限りかなり上質のようだ」


       ―――――それはいくら何でも言い過ぎだ。


「ええ、かまいませんよ。ライラさんにはいつもお世話になりっぱなしだから好きな部屋を使ってください」


「マスター殿、感謝するぞ! マスター殿との出会いを神にも感謝する!!」


今ライラが感謝したこの世界の神は、俺の元いた世界でブツブツとくだ巻いていたジイさんだなどと知ったらライラはショックを受けるだろうな。などと、俺はくだらない事を考えながら一人笑っていた。


さっきまで夕焼けで赤く染まっていた空はいつの間にか暗くなっており、スタンピードの時に見たような大きな満月が出て夜道を照らしている。今夜はライラが夕飯を作ってくれるらしく、俺は夕飯ができるまで休憩所に新設されたシャワールームで体を洗い食堂に呼ばれるまでの間、自分の個室に選んだ一番左端の部屋で仮眠をとることにした。

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