【閑話】甘味屋のひとしごと
早朝、ニナが俺を起こすと急いで着替えて出かける準備をするように言った。
「ますたぁ、ちょーないセイソーが始まってしまいますですよ。ライラちゃんもヴィエラちゃんも先に行ってしまったですよ、ますたぁ!!」
「腸内清掃? 大丈夫、俺腸は頑丈だから。清掃も間に合ってるよ」
俺は寝ぼけ眼で起こしに来たニナにそう告げると再び布団を頭からかぶり目を瞑る。だが次の瞬間、俺を包んでいた布団はニナによって一気に引き剝がされると俺はあまりの寒さで目を覚まし寝ていた敷布団の上で上半身を起こした。
「ますたぁ、今日はエゼルバラルのみんなと町のお掃除をする日だって言ってたですよ。私とますたぁはライラちゃんとヴィエラちゃんがいるチームで町の南側の公園担当のお掃除をするですよ」
―――――あぁ、そういえば昨日来た客の商人がそんな事を言っていたっけ。
昨日も俺の店はほぼヴィエラの仕事仲間たちやライラが連れて来た女冒険者たちで賑わったのだが、そんな女の園に商業ギルドの近くで商いをしているという道具屋の主人が家族を連れて来てくれた。道具屋の主人は嫁さんと子供2人を引き連れ最近密かに町で話題となっている俺の店に行ってみたいと子供たちに強請られたとかで食べに来てくれたようだ。
俺が道具屋一家をカウンター席の後ろにある4人席に案内するとニナがすぐにレモン水が入った人数分のコップとメニューを一家の席へと持って行った。
メニューには少し前まで飲み物や食べ物の名称とともにどのようなものかという説明書きが書かれていたのだが、ヴィエラやライラからこれではイマイチわかりにくいという指摘を受けわかりやすいようにメニューに絵を添えることにした。当初、スキルでカメラを出し写真を撮ろうとしたのだが俺のスキルからカメラは出てこなかったためヴィエラの人脈を借り、絵が得意なヴィエラの仕事仲間の一人に頼みメニューに品物の絵を描いてもらったのだ。
完成した絵はかなり上手に描けており満足のいくものだった。おかげでこの道具屋一家も注文にとまどうことは少なく注文する品はすぐに決まったようだった。道具屋一家の嫁さんと子供たちはケーキと紅茶に舌鼓を打っていたが道具屋の主人は嫁や子供に付き合ってケーキを食べたため口の中が甘ったるくなったため口直しにとコーヒーを注文した。
どうやら商人たちの情報網はかなりのもので、うちのコーヒーがどういうものなのかこの道具屋の主人はわかっていたようだった。それだけではなく、主人はテーブルに置かれた砂糖とミルクをコーヒーに入れるとゆっくりカップを口に運びコーヒーをズズッと啜った。
「ほぅ、これは美味い!」
小声ではあったがコーヒーを飲んだ道具屋の主人はたしかに「美味い」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。俺はそれがあまりにも嬉しかったため、俺に向かって言ったわけでもないのについカウンターの中から道具屋の主人に向かって「ありがとうございます」と礼を言ってしまった。道具屋の主人もそんな俺の気持ちを汲んでくれたのか俺に会釈をすると笑顔で俺の方へカップを掲げ、またズズッとコーヒーを啜った。
ケーキを堪能し満足そうな嫁と子供達を見た道具屋の主人は何も言わずに席を立ち俺のところへやって来て会計を済ませた。そして帰り際、主人は俺に『町内大清掃のお知らせ』と書かれたチラシを渡すと「チーム甘味屋のご協力お願いいたします」と笑顔で言い店を出て行った。
―――――うちは甘味屋ではない。
そもそも、あの道具屋はこの町の大清掃に俺を引っ張り出すためにうちに食いに来たのではないかとも思ったが、せっかくコーヒーを理解してくれた人を失うわけにはいかないと思い俺は町内清掃に参加することを決めたのだった。それくらいコーヒーに理解がある人というのは俺にとって貴重な存在なのだ。
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「ますたぁ、早く早く! ライラちゃんとヴィエラちゃんがもう待ってますですよ!!」
「うぅ、待ってくれ。起きたばかりで走るのはつらい・・・・」
俺は着替え終わると寝グセも直さず朝食も食べずに店を出る事となった。店を出ると「お掃除の時間がなくなってしまいますです」とニナに言われライラやヴィエラたちとの待ち合わせ場所まで走る事となったのだ。
というか何故ニナは町の大掃除などという、ただただ面倒くさいだけのイベントにここまで張り切っているのか俺にはわからなかった。たしか町の南の公園というと近くにドブがあったはずだ。そんな公園を担当になったということは十中八九そのドブも俺たちが掃除することとなるだろう。ドブ掃除なんて体にドブの臭いがついてしまうから飲食店を営む俺としては勘弁してほしいのだが・・・・。
「あ、いたですよますたぁ。ライラちゃんとヴィエラちゃんが2人であそこにいますですよ」
そう言うとニナはライラとヴィエラの下へと駆けて行き何やら楽しそうに話していた。ニナに遅れること1~2分、俺も2人が待つ所へ到着する。
「マスター殿、遅刻だぞ! 時間厳守は冒険者の基本、そんな体たらくでは立派な冒険者になれませぬぞ!!」
―――――なりません。
「マスターさん、女の子を待たせるなんて紳士失格ですよ。バツとして明日からアナタのお店は甘味専門店になりなさい!!」
―――――なりません。
俺は自分の後頭部をポリポリ掻きながら2人に「面目ない」と謝罪すると遅れたお詫びとして店の甘味を一品サービスするという約束をさせられた。まぁ菓子やケーキであれば俺のスキルでいくらでも出せるから問題ないだろう。
「3人とも、もうお掃除は始まってますですよ!? 私たちは他の人たちよりも出遅れてしまったので『ちーむカンミ屋』、ここからは協力して頑張りますですよ!!」
そう言うとニナは着ている服の袖を捲り力こぶを作る仕草をする。本当に何故町の掃除なんてものにあれだけ張り切れるのか不思議だったが、ニナが張り切る理由は彼女の生い立ちに関係があるのだとライラとヴィエラが教えてくれた。
ニナは生まれてすぐ無責任な両親によってこの町の奴隷商人に売られた。奴隷になった者たちは市民権が認められず『人』ではなく『物』として扱われるため町の行事やイベントへの参加はもちろん、自分を買った主人以外の者の所で働くことができないため金を得ることもできないのだ。
言葉も喋れなかったニナは売られたばかりの時は恐怖のあまり、周りにいる同じ奴隷達を「グルルルルゥ」と威嚇することしかできなかった。だが、そんなニナを不憫に思った他の奴隷たちは互いに助け合いニナの世話をし彼女をここまで育ててくれた。
そんなニナも成長するにつれ言葉を覚え社会のしくみを知っていく中で自分と同じ年の子たちが両親や友人、祖父母と楽しそうに参加している町の祭りや今回の大掃除のようなイベントが羨ましかった。
いつか自分も友達や両親と町のイベント事に参加したいと思う反面、両親も友達もいないどころか奴隷という身分の自分には贅沢な夢だと思い半ば諦めていた。
だが、それからすぐに自分の主人である強欲商人が死んでしまった事により自分は主人を囮にして逃げたと言われ処刑されるか町から追放されるのだと思っていたのだが、ライラやマスターとの出会いによってニナは冒険者になり住む場所まで与えてもらったのだ。
また2人が監督責任者となることを承諾してくれたため見事に念願のエゼルバラルがある領地の市民権まで獲得したのだった。
「そんなニナが市民権を得て初めて参加する町の大掃除なのだ。張り切らないわけがないではないか!」
ニナは町で用意された箒や塵取りを両手に持ち、集めたゴミを入れるための大きなゴミ袋を冒険者がつけているマントのように背中に羽織っていた。店の手伝いで掃除をやってもらってはいるのだが、店の箒とは違い町が用意した自分の体より大きい箒の扱いに手こずっておりニナはザッザッザッと乱雑に地面を掃いている。それではゴミは散らばってしまい1カ所に溜まらないだろう。
「なんだニナ、箒の使い方もわからんのか? 掃除は冒険者の基本だぞ!?」
そう言ってライラは苦戦するニナの所へと走った。
「まさかあんな年の子供が私より辛い目にあってるなんてね・・・・。ガトーショコラと違って世の中は世知辛いわね」
そう言うとヴィエラもライラとニナの下へと走って向かって行った。ニナが掃除をしている所で合流した3人は何やら楽しそうに喋りながら箒を取り合っている。ライラとヴィエラがニナに箒の使い方を教えようとした所にニナが自分でできると言って箒を取り返そうとしているのだろう。本当にあの3人は仲が良い。
「ますたぁ何やってますですか!? 公園のゴミは待ってくれないですよ!!」
「マスター殿、遅れて来た原因がボケッとしているとは何事か!! 今日は我々でこの公園をピカピカにしなければならないのだぞ!!」
「マスターさん、こんなか弱くて可憐な私達3人に掃除をさせてアナタは高みの見学ですか? いい御身分ですね。ガトーショコラ追加しますよ!?」
3人からの圧力を受けた俺は慌てて3人の所まで走って行きすぐに掃除を始めることとなった。その日はそれから夕方まで町の大掃除をし、大掃除が終わると参加した町の子供達には袋詰めされた乾パンのようなものと黒パンが振舞われた。ニナも乾パンと黒パンを受け取るといつの間にか仲良くなっていた町の子供達と楽しそうに喋りながら一緒に貰った乾パンを食べていた。
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