会話シーンも飛ばすべからず
011生き急いだところで得られるのは僅かばかりの希望と多大なる後悔ばかりである……ってばーちゃんが言ってた
さて、次の日となった。
今日も、大和は快晴の冒険日和。……目の前の惨事に目を瞑れば。
「ォオ''ッッゲボッ……カヒュッ…ハァ''ハァ''……ッガハッオロロッ」
ベシャベシャと吐瀉物が水を叩く音を聞きながら、ガンジャは公衆トイレの入り口に立ち竦む。隣に立つモモヤマもガンジャに同情した様な顔を向けている。
「……ハァ、すまねぇなガンジャ。アイツ、テメーが来るってなって張り切りやがって……このザマだ」
「情けねぇ」と快晴の青天井を睨み付けて、紫煙を燻らせる。肩から、質の良さそうな髪がサラサラと流れた。
「いえ、ただ……あの」
「あぁ、いつもはあんなんじゃねーから安心しろ。今回が特例なだけだ」
ポンポンと頭に手を乗せられる。バッと、モモヤマを見ると「悪りぃ悪りぃ」と、大して反省していなさそうな返事が返ってきた。
まさか、この歳になって頭を撫でられるとは……いや、そもそも会って数日の人間の頭を撫でるとは……グルグルと考え込むガンジャを察してかモモヤマは言葉を続けた。
「すまねぇな。俺、弟が居てな。つい癖でやっちまった……そんなに嫌だったかよ?」
「ぅアッ⁈……い、いいえ。そ、そういう訳じゃ…な、くて」
申し訳無さそうに顔を覗き込んで来るモモヤマに驚き、素っ頓狂な声をあげながらガンジャは半歩後ずさった。ランニング中の女性が訝しげに此方を見てきたが直ぐまた前を見て走り出した。
「いや、あの……ちょっとビックリした…だけ、なので。べ!別に、い、嫌……とか、そういう訳では……」
しどろもどろになりながら、喉から無理矢理言葉を紡ぐ。こういう時ほど、己のコミュ力を恨んで仕方がない。やはり、隣りのモモヤマは涼しい顔で煙を弄んでいる。
1週間の仮編入を決意して、「いざ体験!」ともなれば誰だって身を固くするものであるが、ガンジャは別の意味で身を固くしている。勿論、緊張では無い。警戒の意味でだ。
笑顔で送り出してくれたロマネスコの手前あまり大きな声で言いたくは無いが、ぶっちゃけ後悔している。予想はしていたが、まさかここまでとは……。
最近、ネット等で追放モノのなろう小説を見かけるがこのパーティーは自主追放がおすすめだ。彼らから見捨てられる前に此方から身を引かねば、呑まれる。マジで。
さて、悪夢の様な吐瀉物狂想曲から十数分ほど、ようやくトイレから出てきた我らが勇者ニコラスに軽くチョップを喰らわせたモモヤマ。そして、また此方に申し訳無さそうな目線を向ける。それは、クラップスも同様であった。当の本人といえば、何処からか取り出した酒瓶に口を付けていた。
「てェっ‼︎アンタ、まだ飲むんスか⁈‼︎さっきまで、散々ゲロってたじゃねーっスか⁈」
「んにゃはー、飲まにゃやってられんのよぃ。らぁいじょーぶ!昨日の分は、さっきゲロったからぁ‼︎これはぁ、きょーのぶーんらよぃ」
すでに、呂律も言動も何もかも怪しいが、2人に止める気配はない。
やはり、そういうモノなのか?心配している己がおかしいのか……?
ぐぅるぐると思考を巡らすガンジャに構う事なく、ニコラスはケラケラと笑う。
野良猫が、怪訝そうに此方を見遣って茂みへと潜っていった。
「……ニコラスさん、今日はどの様なクエストに行くのです?ガンジャさんの初めてのクエストでしょう?」
気遣わしげなクラップスの声。ほにゃ?とクラップスを見上げるニコラスは「そーだそーだ!」と、わざとらしく手を打った。
「そーそー!今日はボーズのクエスト記念日だったねぃ!もっちろん!クエスト持って来てるじぇ」
そう言って、スルスルと液晶画面をスワイプしていく。
澱みなく動く、赤い指先がピタリと止まる。
「おぉ、コレコレィ」
そう言って見せて来たのは、採集クエストだった。
『採集クエスト:ヒメシラユリ採集 危険度:E』
「……ガキのお使いですか……?」
「なぁにを仰る!コイツは、ボーズの適性を測るためのヒッジョーに、大事なクエストなんだぜぇ?」
酒臭い呼気がガンジャの顔に纏わりつく。思わず顔を顰め、差し出された液晶を睨みつける。
「てか納品明日までじゃないスか⁈間に合わないだろコレ!!」
思わず語気が荒くなるが、勘弁して欲しい。
「まぁまぁ、そう暑くなりなさんなよぅ。でぇじょーぶ!おれら何年勇者やってっと思ってんのぉ!」
バシバシと、背中を叩かれるがなにぶん酔っ払いの腕力である。全く痛くない。
未だ、ケラケラと愉快そうに笑うニコラスを恨めしげに睨みガンジャは、これから来たるであろう己の運命を案じるばかりであった。
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