ピンク髪の私は、婚約破棄………されません!

碧桜 汐香

ピンク髪の私は、婚約破棄………されません!

「見て。ピンク髪よ」


「くすくす。婚約者はいらっしゃるのかしら?」


「これから婚約破棄されるのか、もうされてしまったのか……見ものよね」





 我が国では、ピンク髪の女性は不吉だとして婚約破棄させられることが多い。


 親の世代までは、ピンク髪の女性が婚約者のいる男性たちにチヤホヤされていたらしいが。その男性たちと一緒に冤罪で婚約破棄をして断罪されてきたのだ。その結果、ピンク髪=不吉、悪女等のイメージがついてしまった。



 そんなこんなで私、ハーモニー・カルテスト伯爵令嬢は、ピンク髪の一人だ。


 自分で言うのもなんだけど、どちらかと言うと愛くるしい容姿で庇護欲がそそられるピンク髪の私。

 先のピンク髪令嬢たちのイメージと一緒なんだとか。

 しかも、一部のおじさまたちが私を可愛がって守ろうとしてくださるから、より一層妬みが止まらないみたい。




 ちなみに、両親はピンク髪じゃないんだけど、曾祖父さまがピンク髪だったらしい。隔世遺伝ってやつかしら?




 ありがたいことに、こんなピンク髪の私でも、両親は愛してくれる。守ろうとしてくれているんだけど、両親の目の届かないところでは、こうやってこそこそと言われることが多いの。身分の低い子たちも、私のことを言ってるんじゃありませんって切り抜けられるように陰口だけは達者なのよ。子爵令嬢が伯爵令嬢にこんなことをして許されるのかしら?と思うけど、ピンク髪だから仕方ないで片付けられちゃうのよね……。

 でも、他のピンク髪の子たちよりは、マシな環境にいると思う。伯爵令嬢だから、物理的な攻撃は受けたことがないし、可愛がってくれるおじさまたちと大切な両親が守ってくれるから。

 平民のピンク髪の子は、石を投げられたり捨てられたり大変そうだった。私は馬車の中から見ていることしかできなかったけど。


 そして、なんたって大切な婚約者もいるし。お祖父さま同士の遺言の婚約なの。でも、二人ともお互いを大切にし合っていると思うわ。それに、彼はとても優秀で国の未来を担う若手の最期待星なの。

 婚約破棄されるんじゃないかって?

 彼はそんなことしないわ。ピンク髪への偏見もなく、愛らしいハーモニーに似合う可愛らしい髪だと思うと言ってくれるの。

 ……まぁ、彼の両親たちは大反対してるけどね。




「ハーモニー」


 ちょうど彼がきたわ。


「どうしたの? ルクス」


 ルクス・バンナ子爵令息。彼が私の婚約者。


「今日もかわいいね。僕とダンスしてもらえるかな?」



「もちろん喜んで」


 ルクスの手にそっと手を重ね、二人で踊り出す。ついでに気になったことを尋ねる。



「……今日、お義父さまとお義母さまは?」


「なぜか朝からいないんだよ。……いつもすまないね」


「いえ。私がピンク髪だから仕方ないの」


「ハーモニーは悪くないよ。先入観に捉われて、ハーモニーを知ろうとしない両親が悪いんだ」


 いつもルクスと踊ろうとすると、義両親は必死に私を罵倒し、妨害してくるのだ。もちろん、私の両親のいないところで。ピンク髪だから仕方ないとはいえ、毎度のことだから少し煩わしい。それが今日はないのは、どこか不気味だけど。







 ルクスと踊り切ったところで、突然第一王子殿下が私たちに近づいてきた。

 慌てて臣下の礼をとるものの、第一王子殿下の後ろについてきている義両親の笑みが嫌な感じを予想させる。


「ハーモニー・カルテスト伯爵令嬢か?」


「王国の若き光、第一王子殿下にご挨拶申し上げます。私がハーモニー・カルテストでございます」


 10歳上の第一王子殿下とは関わり合いがなかったものの、ニヤニヤ笑みを浮かべながら近寄ってくる。噂では、身勝手な性格で王太子候補から外されると聞いたけど……。本当にそんな感じがするお方ね。


「お前の婚約者の両親から話があるらしい。私が許そう、話せ」


「ありがとうございます。第一王子殿下」


 へこへこしながらお礼を言った義両親は、にやにやと笑いながら私に近づいてきて、声高らかに宣言した。



「ハーモニー・カルテスト。お前に我が息子、ルクスは相応しくない。お前のような醜悪で国を滅ぼしかねないピンク髪との婚約は、破棄させてもらおう」


「……婚約破棄というと、お祖父さまたちのご意思は無視されるという理解でよろしいでしょうか? また、醜悪で国を滅ぼしかねないとおっしゃいましたが、私にはそのようなこと見に覚えがございません。となりますと、婚約破棄に伴う慰謝料を請求させていただきますが、よろしいでしょうか?」


 おそらく義両親は慰謝料を払いたくないから、こんなことをしてきたのだろう。ルクスのご両親の金遣いが荒いせいで、莫大な資産がかなり少なくなっているのだ。

 しかも、ルクスは婚約に乗り気だ。うちは格上の伯爵家。ということで、第一王子の権力を借ってきたのだ。

 そんなことを考えながら話していると、周囲がざわついている。ピンク髪のくせに、ピンク髪なのにルクス様と釣り合わないのよ。などなど。ルクスは優秀で、その功績から、数年以内に伯爵を陞爵されるのでは、と噂されるほどの出世株だ。その横にいるのがピンク髪の私では、納得いかないのだろう。では、ルクスはどう考えているだろうか?


 そう思って、ちらりとルクスを見ると、見たこともないような憤怒の表情を浮かべていた。そして、私を見ることもなく私を自分の後ろに隠し、反論した。



「僭越ながら、第一王子殿下。我が両親の発言はなんの根拠もございません。王族ともあろう方が、そのような後ろ盾をされると身を滅ぼしかねませんので、優しさを捨て、今のうちに我が両親をお見捨てください」


 不敬にならないようにギリギリのラインを攻めたようだが、要約すると、“お前は馬鹿か? 王族の風上にもおけんな。さっさと後ろ盾をやめろ。今ならまだ間に合うぞ”かな?




「ルクスといったか? お前は優秀だと聞いている。お前の両親の言うように、私を思いやる優しさもあるようだな。しかし、お前を心配してくれた両親に対して、あまりにも冷たくないのか? それがお前の両親が言っていた“ピンク髪の悪女に騙されて、洗脳されている”ということであろう。せっかく両親がピンク髪との縁を切ろうと動いてくれているんだ。従ったらどうだ?」


「……それが殿下のお考えということですね。承知いたしました。では、ハーモニーを悪女とおっしゃる根拠をあげていただいてもよろしいでしょうか? ピンク髪以外で、ですよ? あぁ。殿下は悪女に惑わされてばかりでいらっしゃいますもんね? お詳しいですね。第一王子の公費の大半を自分の周囲の女性たちへの贈り物に使っているとか。他にも、隣国のハニートラップにかかり、国家の機密をいろいろ漏らしてくださってますよね? 我々の業務はそのおかげで倍増しているんですよ。あぁ、各家からの収賄、私の担当業務として把握しているのはこの辺りですが、同僚からの情報ももう少しあるんですよ」


 ニコニコと微笑みながら、第一王子のやらかしを暴露し続ける我が婚約者ルクス。敵に回したら……怖そう。

 我が王国では、王族の暴挙がそこまでの罪になることはないが、現国王の方針は、謙虚堅実に、国民に誠実に、だ。第一王子殿下の次期国王は完全になくなったな。



「あ、いやその……」


 第一王子殿下もさすがに分が悪いと理解されたらしい。大人しくなった。


「ルクス! あなたのために第一王子殿下が動いてくださったのよ? せっかくそのピンク髪と婚約破棄できるのだから、婚約破棄すればいいじゃない!」


 空気の読めない義両親がルクスの怒りに油を注いだ。


「あぁ、先入観に捉われ、自分の価値観を押し付けることが子どものためと勘違いした貴方たちに、もう期待はございません。そもそも、ピンク髪というだけで、そこまで虐げていいという法律は、この国のどこにあるのでしょうか? 国王陛下に何度も奏上し、その度に却下されているあなたたちが親だと思うと恥ずかしいですよ。で、ハーモニーと婚約破棄させたいという割に、うちとカルテスト伯爵家の先代には何もおっしゃらない。こんな場所でハーモニーに冤罪を被せて婚約破棄しようとする先のピンク髪の女性たちのような真似をするあなた方の方が、よっぽど醜悪だ」


 まぁ、あのお祖父さまたちに意見できる人はいないだろう。

 今、豊かになっているこの国の根幹と言われる法制度・経済政策等を一手に担った知のバンナ前子爵。その功績で男爵から子爵へ陞爵した。ちなみに、敵と判断されると完膚なきまで知の策略で叩き潰される。

 そして、我がお祖父さま、カルテスト前伯爵。武のカルテストと周辺諸国に怯えられるほどの武力馬鹿……じゃなくて、脳筋……じゃなくて、えーと、個人なのに人間を超えると言われる武力兵器。ひと殴りで人がゴミのように飛んでいくとか……知らんけど。

 それはさておき、そんなお二方の名を出された周囲の顔色が悪……って、あ。




「これはなんの騒ぎかな?」


 国王陛下と我が両親が騒ぎを聞いて駆けつけた。

 義両親と第一王子殿下、終わったな。



「父上! ピンク髪の女性との婚約を破棄したいとバンナ子爵夫妻から相談を受けまして!」


「あぁ、わかっている。で、なぜ、それをお前が関知する必要があるのだ、という意味で、我が生誕を祝う夜会でなんの騒ぎを起こしているのかと問うているのだ」


「いや、それをバンナ子爵令息が受け入れてくれないので、このような騒ぎになってしまって」


「では、お前の継承権を返上させてやろう。我が善意だ。受け入れろ」


「そんな!? 父上! なぜですか」


「これは、例えでなく決定事項である。しかし、お前がバンナ子爵令息にしたことは、それと同様のことではないのか?」


「いや、でも、ピンク髪なんてみんな嫌で……」


「ここまで愚かだったとは……我が息子がすまないな。バンナ子爵令息……いや、ルクスよ」


「王国の太陽国王陛下にご挨拶申し上げます。いえ、国王陛下が謝られることではありません。いろいろ暴露させていただきましたが、まだ様々な手段はございます……で、ご子息さまへの断罪は以上でございますか?」


「え、そのつもりだが……ご不満かな?」


「いえ。それでは私とハーモニー、並びにバンナ前子爵とカルテスト前伯爵、現カルテスト伯爵夫妻は、隣国マサツールで暮らさせていただくことにいたします。ハーモニーに関することで、私が国に失望した時は自由にするように言われておりますので。では」


「は?」


 私の口から思わず令嬢と思えないセリフが飛び出た。周囲もパニック状態に陥っている。今の我が国の発展・安全その他は今名前をあげた面々にかかってあると言っても過言ではない。私は大したことないけど、お祖父さまたちは今なお現役としても働くことができる知力と武力だ。

 そして、隣国マサツールは我が国に辛酸を舐めさせられているから、喜んで我々を迎え入れてくれるだろう。ついでに報復と言わんばかりの経済制裁等もしそう。



「行こうか? ハーモニー」


 笑みを浮かべて手を差し出してくれるルクスの手を思わず取ってしまう。慌てて両親を見ると、微笑みを浮かべて頷いている。


「ま! 待って。ルクス。お父さまとお母さまはどうするの? あなたのためを思ってこんなにも頑張ったのに、親の愛を蔑ろにするの?」


 慌てた様子でルクスに縋る義両親。

 先ほど注いだ油に着火しちゃいそうなルクス。これは、精神的に半殺しされる義両親になりそう。




 ルクスがめんどくさそうに振り向いた瞬間、怒声が響いた。


「「お前たちは何をやっとるんじゃ!」」


 お祖父さまお二方。我がお祖父さまは本当に声が核兵器。頭がぐわんぐわんするんだけど。


「ひっ」


 怯えた様子の義両親。ごめん、さっき精神的な半殺しって言ったけど、多分……物理も入る。……というか、生き残れるのかな?


 我がお祖父さまに首を掴まれ、笑みを浮かべたルクスのところのお義祖父さまに……ってあの笑みこわぁ!


「ルクス、ハーモニー。我々は君たちに従うから、好きなようにしなさい?」


 いつもの優しい微笑みを浮かべたルクスのところのお義祖父さま。


「ちょっくら、お仕置きしてくるぞ!」


 ニコニコ優しいお祖父さま。私はそっとここで義両親のご冥福をお祈りしておきます。


 一つだけ聞きたいことがあったので、義両親に声をかける。


「お義父さま、お義母さま。あなたたちは、なぜそんなにピンク髪を恨まれるのでしょうか? 親でも殺されましたか?」


「……私の実姉がピンク髪で、私のものを全て奪っていったのよー!」


「ピンク髪の妻の姉に振られたんだよー!」


「あなたもお姉さまがダメだから私に乗り換えた口だったんですの!?」


「うわぁ」


 始まった修羅場に絶句する。


「……姉のプリンマは、妹から全てを奪ったわけでなく、努力家だったから報われただけだ。何も努力せず羨んでいただけだろう。それに、プリンマにしつこく言い寄って迷惑を考えなかったのは君だ。ピンク髪を恨む理由にはならん」


 そう言ってずるずる引きずられていく義両親。今度こそご冥福をお祈りいたします。









 会場の面々の顔色が悪くなる中、お祖父さまたちは、嵐のように去っていった。


 振り返ると、お父さまがサムズアップされている。お祖父さまたちを召喚されたのは、お父さまのようだ。



「待ってくれ。ルクス。その、ちょっと断罪が足りなかったかもしれない。まず、愚息にハーモニー嬢へ謝罪する機会を与えさせてやってくれ。その上で王族から外し、北の塔に幽閉する」


「なるほど。先の伯爵令嬢を断罪しようとして失敗したピンク髪の女性は、国外追放でしたね。王族というところを考えると妥当でしょうか。では、次にハーモニーを害することがあったら、国外追放という制約をつけていただけますか?」


「あ、あぁ。そうしよう」



 不敬にならないのかしら、と心配しながらルクスを見つめる。微笑みながら小声で教えてくれた。いつも陛下とはこれくらいの応酬はしている仲なんだ、と。


 それならば、私も言いたいことがある。



「王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。僭越ながら申し上げます。ピンク髪というだけで迫害される人々を、少しでも減らしていくように国として動いていただけたら、という一人のピンク髪の令嬢の願いを申し上げます。その一端を担う者として、我が商会からピンク髪の女性専門の保護機関を作らせていただきたく、後日ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」


「努力していくと誓おう。また。ハーモニー商会なら、自由にやってくれ。君の経営手腕なら問題ないだろうが、必要に応じて少額ながら支援もさせたいだだこう」


「恐れ入ります」


 我がハーモニー商会は、それなりの規模の商会だ。我が国への経済効果を考えると、ハーモニー商会に逃げられるのもきつかったんだろうなと思うわ。


「王国……いや、大陸一のハーモニー商会なら、余裕だね? ハーモニー」


「ふふふ」


 ピンク髪だけど、私、婚約破棄されませんでしたわ。

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