派遣切りにあった孤独な俺 〜でも何故か歳上・歳下の女上司と良い関係になりました?〜

永野邦男

第1話 解雇通知

 倉庫に限らないが、工場等の更衣室なんてのは、大抵殺風景この上ない。良い匂いを期待することも無く、汗臭がしないだけで有難いと感じてしまう。

 銅色のマダラ模様が目立つ、ガタついたロッカーの前で、俺は一人荷物をまとめていた。


「おおう、まだ残っていたか?」

「っ、すー…」

「早くしろよ。俺あと10分ぐらいで切り上げるぞ」

「あっ、すみません」

「中残ってるとめんどうだから、ちゃんとやれよー」

「はい…」


 担当部門のトップは、もう姿を消している。俺は事務的に数少ない私用品をバックに詰め込みながら、小さくため息を吐いた。


「三嶋さん」


 場違いな声が聞こえたのは、その時だ。男性ロッカーの出入り口から、声だけが届いた。


「三嶋さん、いらっしゃいますか」

「上田さんですか」

「はい、上田です」

「自分はいますが、何か用でもありましたか?」

「いえ、さっき話し声を聞いて」

「はぁ…」


 荷物を地面に下ろして出入り口に向かうと、ファイルを胸に抱えた女性が、壁際に立っている。


「話し声って、何の事です?」

「えっと、荷物をまとめると言っていましたよね」

「ああ、ええ。今まさに」

「何でですか」

「何でって…まとめる必要があるからです」

「何で荷物をまとめるんです?」

「そりゃ、もうここには居られないからですよ」



 俺は派遣の工場作業員だ。仕事としては単純作業ばかりで、ピッキングだとか荷下ろしだとか、その時次第で内容は変わる。

 数多いる作業員の、とりとめて特徴のない存在だった俺は、つい先日派遣の更新打ち切りを言い渡された。


「先日?急すぎませんか?」

「そうですね」

「それ違法ですよ。派遣社員だとしても、事前通告はもっと前にしなきゃ」

「流石に上田さんだ。お詳しい」


 彼女、上田沙織は現在の俺直属の上司である。歳は俺よりも5つほど下であるけど、その能力は俺と雲泥の差だ。

 工場内でも密かな人気を集める愛くるしい顔つきを構成する、円な瞳がクリクリと動く。


「理由は?通知書に書いてありますよね」

「工場側が更新を望まないそうですよ」

「えっ」

「はい。先方都合で云々書いていましたが」


 正直よく読んでいなかった。ただ更新はされない、その部分だけは何度も読み返したから確かである。


「そんな…」

「だから残って片付けているんです」

「じゃ、じゃあもうここには…」

「はい。来ません」

「来ません…」


 来れない、が正しいのだが。言葉を飲み込んだ上田さんは、そのまま固まってしまう。


「急な事で。はい、あの、お世話になりました」

「あっ、いえ…」

「河嶋さんにも、宜しく伝えて下さい」

「あ、あの…」

「一応明日手続きをしに来ますけど…はい、作業はしないですから」


 俺はそそくさとロッカーに戻ると、バックの中へ無造作に荷物を押し込んだ。我慢していた正体不明で操作不能な感情が、今にも溢れ出てきそうだったから。


「ー」


 廊下に出た時、ふと名前を呼ばれた気がした。しかし周りには誰も居らず、奥の方で灯りが消える気配がするだけだ。

 変な期待を抱いた自分に舌打ちを打って、俺は暗闇が支配する外へと歩んでいく。



「おう、帰るのか」

「ああ、どうも」


 出入り口の門前には、何人かの作業員が屯していた。殆どの人はサッサと帰るのだが、仲が深まった少数派は、こうして律儀にお仲間を待っている訳だ。

 そんな人間も居ない俺は、用もない彼等に形だけの挨拶として頭を下げ、その場を立ち去った。


「そういや、お前は更新したのか?」

「はっ…」

「契約だよ契約」

「いや、自分は別の場所に」

「あっそう。じゃあここにはもう来ないのか」

「ええ、どうもお世話に」


 返事も聞かずにその場を立ち去り歩くが、ふと振り返った。与太話で盛り上がる彼等は俺の事など忘れたかのように、野太い笑い声と互いを叩く音を奏でている。




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