欲望には忠実に。~私が虐げられるのは今夜までです!
みこと。
第一話 不遇な令嬢
私はとても、浅ましい。
擦り傷から滲む血を、こんなに甘く感じるなんて。
(……もう少し味わいたかったのに)
こけた頬に血のように赤い瞳。
パサつき色の抜けた白い髪。
(ふぅ……、とても十六歳の貴族娘とは思えないわね)
(お腹が空いたわ……)
ふかふかのパン、肉汁染み出るステーキ。具材たっぷりのスープに甘いデザート。
そんな食事と縁が無くなってから、三年が経つ。
だから血さえ美味しく感じるのだろう。
「シエラ! シエラどこにいるの!!」
名を呼ぶ声に、苛立つ響きが混じっている。きっとまた叱られるんだわ。
「はぁい! ただいま!」
慌てて立ち上がり、かまどの前から居間へと急いだ。
義母の機嫌を、これ以上損ねる前に。
バシャン!!
「まったくお前は! 気が利かない上に
ポタポタと服からしずくが床に滴り落ちる。
義母が花瓶の水を私にかけた後、続けざまに
「今日は数年ぶりに旦那様がお戻りなる! 食卓の花は派手なものではなく、清楚なものをと言ったろう?」
「お父様が……、お帰りになるのですか?」
「はあ?! お父様だ? どの口がそう言うんだい!! 私の夫である旦那様はここにいるモニカの
「ほんとォ、頭も悪いんだからァ」
義姉のモニカがお菓子を口に運びながら、ふくよかな頬を揺らせている。
「で、でも」
私にとって、確かに血の繋がった父親だ。
グレイフォルド伯爵。
伯爵家当主の父は国から任された事業のため、三年ほど隣国に滞在していた。
家に義母と義姉、そして私を残して。
亡くなった母の後添えに、父は義母を迎えた。義姉はその義母の連れ子で、父の血は継いでいない。義母は隣国の出身だ。馴れ初めは知らないが、もしかしたら父の仕事の都合があったのかも知れない。
ともあれ、家督を継ぐのは実子の私。
義母には、そんな私が邪魔だったらしい。
父が旅立つや否や、私から部屋を取り上げ、服を奪って台所の隅へと追いやった。
伯爵令嬢とは名ばかり。
私はこの三年間、過酷な下働きを課せられてきた。私の味方になってくれた使用人は次々と解雇され、結果、残ったのは私に辛く当たる者たちだけ。
彼らは義母に迎合し、伯爵家の雑務の多くを私に押し付けるようになった。
理不尽な境遇。
(あ、まただ……)
こみあげてくる衝動を必死で抑える。
喉が。喉がすごく渇くの。
そんな時は目の前にいる人でもなんでも……。その肌の下に透ける血すら飲みたくなる。
慌てて俯いた私に、義母が嘲るように言った。
「ふんっ。旦那様がいまのお前を見ても、実の娘とは気づかないだろうよ」
「…………」
確かに、私の容姿はこの三年ですっかり変わってしまった。
艶やかだった金髪と、優しい茶色の目を失った。
日々暗く
(栄養を失った髪が白くなるのはともかく……どうして目の色まで)
「旦那様にはシエラは朝帰りをして部屋で寝ていると伝えておくから、お前は使用人としてお出迎えすると良い。三年もの間、手紙ひとつ寄こさず素行の悪い娘に、旦那様もさぞお呆れだろうよ。救われるとは思わないことだね」
手紙は送れなかったのだ。義母の検閲に、妨害が続いて。
父に荷を贈る時も、私は除け者にされていた。
当然父からの贈り物は、すべて義姉モニカのものとなっている。
異国のドレスも、数々の宝石も。
義母は父に、私が"要らない"と捨てたから、心を痛めたモニカが引き取って使用していると伝えていた。
捨てるも何も、触れることはおろか目にしてさえない品々。
「さ。わかったらさっさと新しい花を用意しな。そして濡らした床を掃除しておくんだよ。まったく仕事を無駄に増やして、要領が悪いことこの上ないね」
(床が濡れたのは、あなたが水をかけたからだ)
そう思う私は、言葉を飲み込んだ。
いま口を開くと、彼女の首元に歯を突き立てそう……!!
義母と義姉が立ち去った後、自分の手を噛んで、渇望を抑えた。
(ハァ、ハァ、こんな浅ましい自分が嫌……!!)
一体いつからこんなふうになってしまったのか。
医者にかかれば、この症状の原因がわかる?
悩みながらも、私は床の水を拭きとって、新しい花を用意するため庭に出た。
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