やせ男とアイちゃん

こんさん

第1話

「待てゴラア!」


(いったい俺は、何から逃げてる?)


(なぜ、こんなに必死に走ってる?)


(駅まで走れば、何とかなるだろう


(何とかって)

(何だ?)


(息が続かない。煙草をやめられず、怠慢な生活をしてきたツケだ)


(あと少し)

(あの角を曲がれば、大きな通りに出る)


(あれ?身体が、脚が付いてきていない)


(しまった。油断した。その気の緩みが、俺の脚に伝わったか?)


(地面が流れて見える。もうだめだ)



地面に顔から倒れ込みそうになった瞬間、襟元を掴まれ、強烈な力で引き上げられる。


「逃げてんじゃねぇぞ!こらぁ!どう、落とし前つけるんだよ!」


孝志は強面の男に引き起こされると、電信柱に激しく叩きつけられる。


「ちょっ…ちょっと待って下さい」


「お…俺が…何か悪いことしました?」


「あぁ?とぼけてんじゃねぇぞ!」

「俺の妹に、エロいことして、ただで済むと思ってんの?まだ、未成年だよ?犯罪だぞ?」


男は胸ぐらを掴み、孝志の顔をなめるように、ドスを効かせてくる。


「いや、未成年じゃないでしょ」

「そもそも俺たち、付き合ってるし」


「はあ?馬鹿か、お前?」

「付き纏われて、困ってるって言うから来たんだよ」


男は拳を握り締め、威嚇するように振り上げる。


「いやいや、そんな訳…」


ドスンと腹に衝撃。

薄ら笑いで、誤魔化そうとしたのが浅はかだった。

半笑いで脱力した鳩尾に、男の拳がモロに入った。


「ううう!」


孝志は膝から崩れ落ち、腹を抱えてうずくまる。


「大袈裟だなぁ」


男は、情けなそうな顔をして、


「まぁ、今回のことは、俺の胸にしまってやってもいいんだけどな?」


一転、穏やかな口調で囁く。


(はぁ? なら、なんで殴るだよ!)


と、心で叫ぶ。


「お前の誠意次第だよ」


男は変わらず優しい口調で、諭すように言いながら、肩をポンポンと叩く。


(なんだ。この人案外、優しい? いや、違~う!)


「せ…誠意って何ですか?」


再び半笑いで、とぼけた質問。


「お前は馬鹿か!舐めてんのか?」

「それは、お前が考えるんだろうが!」


また、胸ぐらを掴まれる。


「こんなこと会社にバレたら、居ずらくなるんじゃないの? ああ!?」


(ほら、やっぱり優しくないじゃん)


孝志が両手で防御姿勢を取った瞬間、男の背後に立つ人影が目に入る。


(奇跡だ!お巡りさんか!)

(あれ? なんか違う? 婦警さん?)


そこには大柄な女が、黙ってこちらを見下ろしている。


「何だお前?」


気配に振り返った男は、孝志の胸ぐらを掴んだまま、顎をしゃくらせて女にドスを効かせる。


黙って二人を見下ろしている女…


(え? 沢口さん?)



「その人、何をしたんですか?」


低音で抑揚のない、全く感情の入っていない声が響く。


「あぁ?こいつはなぁ、俺の未成年の妹にいやらしいことをしたんだよ」

「なぁ?淫行だよ、い・ん・こ・う」



「なるほど」


(いや、「なるほど」じゃないし!)



「それで、どうするんですか?」


「どうするって、落とし前付けてもらわないとなぁ。ってか、あんた誰?」


「その人の知り合いです。加藤さん、大丈夫ですか?」


相変わらず、全く感情の入っていない声が響く。


「いやぁ、大丈夫じゃないかも…」



「分かりました。犯罪なら警察呼びましょう」


(はっ?何言ってんの?)

(正義のヒーローじゃないの?)



「あぁ?何言ってんのお前?関係ない奴は引っ込んでろよ。」


(そうだそうだ!)

(あれ、俺はどっちの側だ?)


「いや、知り合いなんで、犯罪は見過ごせないです」

「私の父が刑事なので、今呼びますね」


そういうと、携帯を取り出す。


「あぁ?何言ってんだ、この女(あま)」


「だから、警察呼びましょうって言ってます」

「そして私は「お前」でも「女(あま)」でもありません」


う~む。何物にも動じない、その威圧感。

今の俺に、最も足りないもの。欲しいっす。


「ちっ、何なんだよこの女。気持ち悪い」


男は明らかに動揺しながら、孝志を突き放すと、、


「二度とアイツに近づくなよ!」


と言い残し、逃げるように駆け出していく。




「あ、ありがとう」


アスファルトの上に、尻もちをついたままの姿勢で、一応、お礼を言う。

無表情で見下ろしている彼女。


「何やってるんですか?」


「何って…、俺にも訳がわからなくて」


「淫行ですか?」


「いやいや、まだ何もしてないって」


「まだ?」


「いや、まだと言うか…、何もしてません!」


「ふーん」

「もっと、身体鍛えた方がいいんじゃないですか?」

「なんか、格好悪いですよ」


(うるさい!分かってるわ!)


と、心で叫ぶ。


「じゃぁ、失礼します」


そう言い残し、スタスタと歩いて行く後ろ姿を、整理が付ない頭で見送る。


(助かった…)

(いや、何が助かったのか?)

(そもそも、なんで俺がこんな目に合うんだ?)


(始めから、計画的に…)

(はめられたのか…)


何とも情けない。

遂に彼女が出来たと、調子に乗ったバチか。


いや、そもそもバチってなんだ。

今まで、悪い奴や、嫌な奴は沢山居たけど、バチがあった奴なんて見たことが無い。



あれは一週間前のことだ。

仕事帰りに、駅前の公園で可愛い娘にいきなり抱きつかれた。


-はっ?なに?-


暫く、俺に抱きついた後、


「突然、ごめんなさい」

「お詫びに、晩御飯ご一緒しません?」


輝くような笑顔。

なんだか良く分からんが、断れる訳ないじゃん。


その後ファミレスでご飯を食べ、妙にいい感じ。

LINE交換して、毎日やり取りして…

今夜は、遂に彼女の部屋にお呼ばれ。。


それがなぜ、ここに座ってる…?


いや、ちょっと待て。

冷静になれ、俺。


なぜ、急に抱きつかれた?

誰から逃げてた?抱きついて偽装したのか?


-俺にしては名推理-


そうだ、「晩御飯一緒しません?」って、俺が払っているし。

お詫びになってないじゃん。


あげく、強面お兄の登場で、この有り様。

しかも、あの女に助けられるとは…


情けない…

いつもこうだ…


孝志はのろのろと立ち上がると、ふらふらした足取りで家路に着く。



続く

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