第44話 看板娘と看板犬

「ん~、良く寝た~」


 不審者との戦いから数日後。

 ぐっすりと眠れて気分のいい俺は、自室を出て下の食堂スペースへと移動する。


 するとすぐ、食堂にいる一人が俺に気付いた。


「あっ、ユーリさん、おはようございます!」


 笑顔でそう言うのは、亜麻色のサイドテールが似合う可愛らしい少女リナ。

 俺が滞在している、ここ『夕雲の宿』の看板娘だ。

 十日以上続けて顔を合わせているだけあり、以前より親し気に接してくれるようになっていた。


「おはよう、リナ」


「はい。すぐにお食事を用意しますね」


「ああ、ありがとう」


 礼を言った後、俺はふと窓から外へと視線をやる。

 するとそこでは、一般的な柴犬程度のサイズとなったイヌが、常連客とじゃれ合ってた。


 その光景を感慨深く見つめる俺に気付いたのか、リナがくすりと笑いながら話しかけてくる。


「数日前、ユーリさんがあちらのイヌさんを連れ帰ってきた時はどうなるかと思いましたが……結果的には大好評でしたね」


「それは俺としても何よりだ」


 そう答えつつ、俺は数日前、イヌを連れて『夕雲の宿』に戻ってきた時のことを思い出していた。



 イヌと一緒にグラントリーに入れたのはいいが、俺が滞在しているのは持ち家でなく宿屋なため、最初はどこに連れて帰ろうか悩んだのだ。

 そんな俺を見てアリシアは、


『もしよろしければ、私たちの活動拠点パーティーハウスに小屋を用意しましょうか? そ、それに何でしたら、ユーリさんがご一緒にいらしても私としては構いませんが……(チラッ)』


 と、願ってもいない提案をしてくれた。

 とはいえ、イヌを連れて帰ろうと決意したのは俺だ。

 自分の責任も果たす前から彼女の優しさに頼るのはよくないと思ったため、ひとまずは断らせてもらった。


 その際、アリシアが残念そうな表情をしていた気がしたが……それだけイヌと暮らしたかったのだろうか?

 もしそうなら悪いことをしたかもしれない。


 とまあ、そんなことはさておき。

 『夕雲の宿』に戻った俺は、リナや店主に事情を説明し、この宿にイヌを置かせてくれないかとお願いしてみた。

 リナたちは初め、大きなイヌを見て目を丸くしつつ、『色々と尋ねたいことはありますが、とりあえずこれだけの大きさで住めるスペースはウチにはなく……』とあまり進まない様子だった。


『わふっ!』


 しかしそこで、イヌは気を利かせたようにサイズを小さくさせ(異世界の犬ってすげぇ!)、さらに同行していたアリシアたちが説得に協力してくれたのもあって、最終的には頷いてくれた。


 それから数日間、宿の庭でイヌの面倒を見ていた俺たち。

 するとそれを見た常連客達が興味を持ち、イヌと交流するようになった。

 特に子供連れからは人気を博しており、イヌ目的での来客が増えるほどだった。

 リナが看板娘だとすれば、イヌは看板犬といったところだろう。



 ――以上が、今日に至るまでの経緯。

 宿が賑わっていることに満足してくれているのか、今では店主から感謝されたりもするほどだ。

 俺としても無理にお願いした以上、迷惑をかけるだけに終わらず済んでかなりホッとしている。まさにイッヌ様様だ。


「ごちそうさまでした」


 そんなことを考えているうちにも朝食を食べ終える。

 立ち上がった俺に対し、リナが話しかけてきた。


「今日もいつものところですか?」


「ああ」


 リナが言ういつものところとは、【晴天の四象】の活動拠点パーティーハウスである。

 特訓の日々は終了したはずだが、アレ以降も彼女たちは俺の修行に付き合ってくれるとのことなのでお世話になっていた。


「じゃあ、行ってくるよ」


「はい。いってらっしゃい、ユーリさん」


 こうして俺は、『夕雲の宿』を後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る