第4話 傷物Ⅰ

 しばらくして、女の子は落ち着いた。


「もう、大丈夫です。コート……すごく暖かいです。ありがとう、ございます」


 その言葉に私は安堵し、腕を離した。

 ……寒い。この寒い中女の子からコートを取るのは流石に気が引ける。私はマフラーだけで我慢することにした。


「私は林原奈緒美。君は?」

「志崎香帆、12歳です」

「どうして、こんな所で寝てたの?」


 単刀直入に聞いた。この状況で、聞かない方がおかしい。それに変に話を濁す理由もない。


「…………それは、その……すみません」

「お家の人は?」

「……」

「警察に連絡しようか?」

「待って!」


 強く私の手を掴む香帆ちゃん。警察に連絡されて困ることがあるのだろうか?

 酷く動揺しているのが顔に出ている。


「…………」

「……はあ、とりあえず、うち上がりな。寒いでしょ、何か温かいもの出すから。話はその後でいいからさ」

「……あ、りがとう、ございます」


 このままにしておく訳にもいかないし、それに何か事情があるみたいだし。話を聞くならこの寒い外より家の中の方がいいと思った。


 この子、すごく冷たかったし、低体温症とかなってないといいけど……。

 家に戻り香帆ちゃんをキッチンのテーブルに座らせた。寒いのか、すごく縮こまっている。こたつも出していない冷えきった部屋。そりゃ寒いよね。


 私は普段冬場はつけないエアコンをつけた。一応夏の終わりに掃除はしたけど、ほこりっぽくないかな。それから普段私が使ってるブランケットだったり、もこもこのスリッパとかを香帆ちゃんに貸してあげた。


 その後は身体を温めるためにインスタントのコーンポタージュをマグカップに入れて出してあげた。


「熱いから気を付けて飲んでね」

「すみません……」


 両手でカップを受け取り、ゆっくりとそれを口に運んだ。

 冷まさずに熱い食べ物をいける口なのか。と、コーンポタージュを作るついでに一緒に作ったホットコーヒーを冷ましながらちょっとづつ飲む。

 シンクに寄りかかりながら香帆ちゃんの様子を眺めていた。


「グゥ~~~」


 2口くらい飲んだ辺りで香帆ちゃんのお腹がなった。


「ご、ごめんなさい」


 恥ずかしそうに謝る様子に、少し笑ってしまった。


「ちょっと待ってて、今なにか作るから」

「えっ、いやでも」

「いいからいいから」


 と、冷蔵庫を開ける。

 お米はパックご飯があるとして……他に何作ろうかな。全然食材ないから作れるのなんて限られてるけどさ。と、冷蔵庫内を見渡していると、卵に目が止まった。


 ポタージュとの組み合わせは悪いけど、卵焼きでいいか。すぐ作れるし。出汁巻きと砂糖入り、どっちがいいかな。


「ねえ、卵焼きは出汁巻きと砂糖入ってるの、どっちが好き?」

「えっ……ええ、と。出汁巻き、で」

「うん、わかった」


 それを聞いた私はパッパッと調理を始める。

 そんな様子を、ずっと香帆ちゃんは眺めていた。ずっと見られているのは、ちょっとむず痒かった。

 レンジで温めたご飯と一緒に、出来上がった卵焼きをテーブルに出した。


「はい、お待たせ」

「ありがとうございます……」


 香帆ちゃんは手を合わせて律儀にいただきますをした。

 右手で持った箸で卵焼きを一切れ取り、口に運ぶ。

 卵焼き久しぶりに作ったけど上手く作れているだろうか。なんて思いながら、コーヒーに手を伸ばす。

 数回噛んで、香帆ちゃんの口が止まった。やはり口に合わなかったのだろうか。


「おいっ……しい……!」

「え?」


 香帆ちゃんの目には、涙が浮かんでいた。

 突然のことだったため、私は驚いた。


「こんなに……美味しいもの……久々に食べました」

「ええ、そんな。大げさだよ」


 泣きながら美味しいなんて言われたのは初めてだった。

 正直、お世辞だとしても、そんな風に言ってもらえたのは最高の極みだ。

 私はティッシュを取り香帆ちゃんの涙を拭った。


「ありがどう、ございますっ」


 その後もしばらく香帆ちゃんは涙を流していた。


 🔳 🔳 🔳


「ごちそうさまでした」

「おそまつさまでした」


 泣き終わった香帆ちゃんはその後も美味しそうにご飯を食べてくれた。

 大分身体も温まったみたいで、貸していたコートを脱いでいた。

 そろそろ本題に入れそうかな。


「それで、どうして香帆ちゃんはあんな所で寝ていたの?」

「…………それは」


 下を向き顔を隠した。手を胸にあて、深呼吸をしている。

 目を覚ましたときに、すごく動揺しながら言った『殺さないで』。その言葉が、ずっと私の胸に引っかかっていた。

 パジャマの袖についている黒く乾いた汚れに目を向ける。状況と言動から予想できるもので、最悪のものが脳裏によぎる。……できるなら、この予想は外れていて欲しいけど。


「はぁ……ひゅっ……はぁ……ひゅっ……はァっひゅっ……はァッヒュッ……」


 深呼吸をしていた香帆ちゃんがいつの間にか過呼吸になっていた。額から汗がだらだらと滝のように流れていた。緊張しているのが見てわかる。

 私は香帆ちゃんの手を握る。


「大丈夫だよ。落ち着いて」


 香帆ちゃんの呼吸が落ち着くまで、私は香帆ちゃんの背中をさすってあげた。




「すみません……もう、大丈夫です」

「無理させちゃったみたいで、ごめんね」

「…………」


 香帆ちゃんの顔を見ても、こっちを見てはくれない。

 重たい空気感のなか、沈黙が続く。


 こういうとき、どうしてあげるべきだろうか……。と、視線を下げたとき、香帆ちゃんがズボンをギュッと力強く握っていた。すると、その手の甲の上に大きな水滴が落ちてきた。


 沈黙のなか、鼻水をすする音が鮮明に聞こえてきた。

 顔をあげると、そこには再び涙を流している香帆ちゃんがいた。

 そして、震えた唇で声をあげた。


「実は…………………………ママと、パパが…………殺されたんです」

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