第1話 ありふれた日常

「お疲れ様です」


 バイトを終えて店長に挨拶をして店をでた。時刻は22時過ぎ。

 紅葉した葉は地面に落ちて、冷たく乾いた風が肌をなでる。


「さむっ」


 不意に吹かれた風に肩を縮める。

 マフラーを巻いて、お気に入りの黒コートのポケットに手を入れる。はぁと吐いた息は白く、暗闇に溶けていく。

 年末も近くなり、季節はすっかり冬模様だ。


 自販機で、カイロ代わりのホットコーヒーを買う。手が温まった後は温かいうちにそれを飲む。寒い冬に飲むホットコーヒーは五臓六腑に染み渡るかのよう。身体を内側から温めてくれる。やはり冬はこれに限る。


 駅前の街路樹にすっかりイルミネーションが施されている。ついこないだまではハロウィンムードだったのが嘘みたいに時間の流れが早い。

 22時を過ぎたというのに、心なしか人通りがいつもより少し多い気がする。12月も始まったばかりというのに、街は既にクリスマスムードだ。


 フライドチキン屋の前のカーネル・マッサンダース人形もサンタさんの格好をしていた。 そういえば、子供の頃はあの人形が本物のサンタさんだと思ってて、クリスマス前にあの人形に手を合わせてクリスマスプレゼントをお願いしていたなぁということを思い出した。


 そんなことを考えながら私は24時間営業のス―パーに入った。

 本格的に冬が始まったということだし、今日の晩御飯は1人鍋にしようと思う。

 もつ鍋、チゲ鍋、白菜と豚肉のミルフィーユ鍋、すき焼きも良いな……。

 何にしよう。


 なんて心躍らせながら、鼻歌なんか歌っちゃいながらカートを押していると、1人鍋コーナーについた。

 まあ残っていたのは白菜と豚肉のミルフィーユ鍋だけだったのだけれど……(1人鍋コーナーにでかでかとミルフィーユ鍋大量入荷のポップが貼ってあり、他の鍋はあまり入荷していないようだった)。


 ではその他の鍋は明日以降のお楽しみにしておこう。私は鍋と3パック入りのササキのご飯をカゴに入れた。


 あっそうだ、青ネギも買って行こう。あとは……卵とあれはまだ家にあったよね。

 必要な物をカゴに入れていく。


 明日はバイトが休みだから明日の分のご飯も買っていこう。そう思いつつ、パンをてきとうに、何も考えずにカゴに入れた。


 さて帰るかとセルフレジに並んだのだが、お金を払おうと会計ボタンを押したら画面がフリーズして店員呼び出しアラートがでた。そしてすぐに店員がかけつけて来る。対応が早いのはありがたいのだけれど、来たのは大学生くらいの男性店員だった。


 ふいにあの時のことが蘇る。背筋がゾワッとし、少し縮こまってしまった。

 店員が私の横で画面をいじっている。自分でもわかるくらいドクンドクンと心臓の鼓動が早くなっていた。できることなら5メートルくらい距離を取りたいのだけれど、流石に失礼だと思って離れられない。このまま会話もなく終わってほしい。


 だが、こういう時は都合よくいってくれないものである。


「すみません。こちらエラーが収まらないので他の台の使用をお願いします」

「あっ……わ、わわ、わかりました」


 息が詰まりそうになる。

 緊張して声が裏返ってしまった……恥ずかしい。

 私はそそくさと他の台に行き、ぱっぱと会計を済ませスーパーを出た。

 最初から他の台を使っておけばよかった……。なんてため息を吐きつつ帰路を歩く。


 これが私の日常。ちょっと我慢すれば、他の人と変わらない毎日。だから、私は……大丈夫。大丈夫なんだ。そう自分に言い聞かせる。


「あいつは……今頃なにをしてるのかな……」


 ふとした時に、こうして親友のことを考えることがたまにある。

 元気かな、とかそんなことを。電話を掛ければいいものなのに、いざケータイの電話帳を開くと、私だけがずっと過去に囚われているようで嫌になってしまう。

 だから、私はいつも親友に電話を掛けられないでいる。


 そんなことを考えていたら家が見えてきた。

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