100万回死んだランスと死なない魔女グリシフィア 〜ウィッチハント・サーガ -100万回の生の果て、世界の根源たる不死の魔女を殺すことができるか-
皐月一語
0. 傲慢の章
第1話 傲慢の魔女
イメージイラスト
https://kakuyomu.jp/users/ichigo_0515/news/16817330669503944036
「さようなら、ランス」
とある新月に、魔女が言った。
漆黒の長い髪を持つ魔女は夜の化身のようで、美しかった。
俺の心臓を魔女の槍が貫いた。最後の光景は血の臭いだった。
「さよならね、ランス」
とある三日月に、魔女が言った。
全てを見下す夜色の目が銀の光を帯びていく。
魔女が細い指を俺に向けると、月の引力が俺を押しつぶした。
最後の光景は土の味だった。
「さよならだわ、ランス」
とある満月に、魔女が言った。
魔女の黒いローブが淡い月の光を纏っている。
魔女が手を挙げると、月に引かれて俺の体が舞い上がり、
次の瞬間、夜の闇に霧散した。
最後の光景は夜の風だった。
俺の名はランス。
とある魔女の気まぐれから、100万回の生が与えられている。
しかし何度目の生でも、俺の剣は魔女に触れることすらできなかった。
何度やっても、同じ結果、同じ結末。
この100年、俺は魔女を追い求め、挑み、そして殺された。
そしてまた、新しいランスとして、この世界のどこかに生を受けるのだ。
それが呪いなのか、祝福なのか。
俺にはわからないし、どうでもいい。
俺の心を、決して醒めない憤怒が焦がして続けている。
この剣を魔女の心臓に突き立てる。
その激しい衝動だけが、俺を動かしていた。
そのためだけに俺の繰り返される生はあるのだ。
7度目の邂逅。そこは見晴らしの良い夜の草原だった。
魔女はこちらを見ずに、月を仰いでいる。
身体は華奢で、見た目は20歳前後に見えた。
夜空を覆わんばかりの巨大な満月の下で、迷子のように月を見上げている。
「人間は夜になると、眠るのよね。それは一体、どんな気分なのかしら?」
抑揚のない声から、その感情は読みとれない。
「魔女は眠らないのか?」
俺は弓と矢を構えて、魔女に向けて引き絞った。
しかし、魔女はこちらを見ようともせずに語り続けた。
「さぞや素敵なことでしょうね。 ほんの少しでも自分の存在を忘れて、意識から解放できるなんて」
「お前の望みは叶うぞ。俺が滅ぼすからだ」
「そう」
魔女は気のない返事を返した。
魔女は眠ることはおろか、死ぬこともできなかった。
決して変わることはなく、衰えることもなく、
ただ永遠に存在が続いていく。
それがどんな気分なのか、わからない。
「私は、私の滅びを望んでいるわ。 この永遠の生を終わらせる存在を探してるの」
魔女は自らを滅ぼす方法を探している。
そして俺も、この胸を焦がす復讐のため、魔女を殺すつもりだ。
二人の目的は一致していた。
「けれど」
魔女が言葉を続ける。
「ただの死ではだめ。 私の死は他のどんなものよりも、偉大で劇的でなくてはならないわ。
なぜなら私は…」
俺は絞った弦から手を放した。
矢が風を巻いて魔女へまっすぐに飛んでいく。
だが、魔女へ届く前に月の方角に舞上げられ、踊るように揺れ動き、霧散した。
「私は傲慢の魔女、グリシフィアだもの」
今宵初めて、魔女の目がランスを見た。
月の光が強まり、その目が深い夜の黒から銀色に変わり、
長い髪も銀の光を帯びていく。
「私に触れることすらできないあなたが、どうやって私を滅ぼすのかしら」
漆黒のローブが風もないのに波打ち、華奢な体がゆっくりと宙に浮いていく。
少女のような容姿だが、月を背にして俺を見下ろす傲慢な目、俺を笑う傲慢な唇は魔女のものだった。
この挑み続けた100年の間、それは変わることがなかった。
いついかなる時も、不死不変の魔女としてあり続けた。
俺は弓を捨てて剣を構える。
俺は狼のように低く、魔女へ向けて一気に加速した。
一瞬で間合いに入ると、振り上げた剣が魔女の脇腹を裂き、心臓に到達し、
俺はそのまま体重を乗せて剣を突き入れた。
勢い余った俺の体が衝突し、その体をグリシフィアが抱き止めた。
息がかかる距離で魔女が笑う。
「驚いた。前よりもずっと疾いわ」
グリシフィアの体からは血が一滴も出ず、体が裂けることもなく、ただ黒いドレスだけが魔女の肩から裂け落ち、白い胸元が顕になった。
「けれど、私は剣では死ねないの。お気に入りのドレスは駄目になってしまったけれど、ね」
銀の目が俺を覗き込む。
刺さったままの剣を抜こうとするも抜けず、背に回された細い腕も解けない。
「今回はここで終わりかしら。残念だわ」
慌てるなよ、ここからが奥の手だ。
俺は左手で懐から皮袋を取り出す。
続けて右手で握った剣の柄を鎧に勢いよく擦り付けた。
西方由来の特殊なリンが染み込んでおり、柄に火がついたかと思うと皮袋の火薬に引火した。
俺の脳裏に炎に包まれた故郷と、姉の顔がよぎる。
「今度はお前も焼けるんだ。俺と一緒にな」
俺と魔女がもろとも爆発する、はずだった。
しかし、剣の柄に炎がついた瞬間、それは袋とともに夜空に巻き上げられ、ちりじりになって空のあちこちで火花を上げた。
閃光に照らされた魔女の顔が笑う。
「こんなものまで用意してくれたの。嬉しいわ、ランス」
俺は魔女に刺さった剣を引き抜こうとするが、剣は動かない。
力任せに剣を抜こうともがく俺を見て、魔女の表情が冷めていく。
「今度こそ、終わりのようね」
闇が形を成し、俺と魔女の周りを取り囲むように無数の黒い槍が現れた。
切先がこちらに向いたと思うと、槍はそのまま、グリシフィアごと俺を串刺しにした。
何本も何本も、次々と槍が突き刺さる。
魔女の腕の中で生命が失われていく俺の顔を見つめ、魔女が悪戯に笑い、その顔が一人の女性と重なる。
「おやすみなさい、ランス。また会う日まで」
完全なる闇。
何も見えず何も聞こえない。
次の生までの束の間の休息。
剣は確かに魔女の心臓を捉えたが、傷をつけることはできなかった。
剣も弓も火薬も、奴を倒すことはできないのか。
闇を睨みつけ、声にならない声で叫んだ。
探せ、ランス!
魔女を滅ぼす武器を!
技術を!概念を!
この世界に広がるたくさんの逸話、伝承。
その中に必ず、魔女を滅ぼすものがあるはずだ。
俺はランス。
100万回の生を与えられた存在。
全ての始まりとなった記憶を思い出す。
故郷は北にある国だった。
全てを凍てつかせる厳しい冬の中、勇敢な騎士たちが守る国だった。
突如、それら全てを絶対的な炎の奔流が飲み込んだ。
地獄の体現のような光景にあって、
炎を巻き上げながら一人の魔女が立っている。
傲慢の魔女グリシフィア。
この果てしない魔女狩の物語<ウィッチハント・サーガ>の、
輪廻と永遠の始まりの記憶。
それは厳しい冬の嵐から始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます