第14話  ウメさん

 話が済んだ三人は、滝を眺めながら酒宴を始めた。

 ハナは鹿肉を串刺しにして、パタパタと団扇を忙しなく動かす。

 釜を降ろした竈に炭を注ぎ足し、お土産の鮎を塩焼きにした。

 焼き上がった鹿肉を一口大に切り分け、酒粕と砂糖と味噌を混ぜたものをたっぷりとかけ、小口切りにしたネギを乗せる。

 一味を振り、皿に盛るとおいしそうな香りが立ち上った。


「お待たせしました」


 どんどん焼いていかないと間に合わない。

 若鮎は尻尾も残らず神々の胃袋に収まっていった。


「ハナ、シマに言って稲荷寿司を届けさせよ。稲荷寿司だけは奴の作ったものが旨い」


「はぁ~い」


 すでに声がかかることを予期していたのか、念じてほどなく作業台に山もりの稲荷寿司が現れた。


「懐かしい……」


 ハナはそう言いながら桶に盛られたそれを縁側に運んだ。


「お前も食していたか?」


 おじいちゃんの声にハナは笑顔で応えた。


「うん、遠足の時には必ずこれだった。稲荷寿司だけはシマさんが一人で作ってたよ。作り方は教えてくれたけど、どうしても同じ味にはならなくてね」


「当たり前じゃ。狐神が作るより旨い稲荷寿司などあるものか。あの旨味は霊力じゃかならなぁ。そうか、お前も食していたのか。よいよい。それならば良いのじゃ」


 なぜかご満悦でにこやかに笑うおじいちゃん。

 その横で、熊ジイが言う。


「これを喰らうと力が湧き出る。さすが一言主の式神よのう。仕事が丁寧じゃ」


「ほんに、ほんに」


 どこに消えていくのか、瞬殺されていく稲荷寿司。

 ハナは急いでひとつを手に取った。


「で、その後の動きは?」


 おじいちゃんが熊ジイに聞く。


「村長と若い衆の代表が頭を寄せ合って相談しておったが、どうもまだ半信半疑のようでなぁ。これほど信仰心が薄くなっておったとは思いもせなんだわい」


 熊ジイの言葉に最上のおばちゃんが言う。


「お前の所は別格じゃ。色恋を結ぶなどと触れまった者がおっただろう? まあそれも確かなのじゃが、お前の力は生産じゃ。色恋の神ではないのにのぉ」


 ハナが聞く。


「色恋の神って言われたのはなぜですか?」


「ああ、それは色恋に子はつきものじゃろう? こ奴は人を生産する力を司るのじゃ。間違ってはおらんが、うまいこと言うたものじゃな」


 熊ジイがバツの悪そうな顔で笑った。

 おじいちゃんが続ける。


「こ奴はあの地を離れなんだだろう? だから鎮守の森が生き生きとしておるし、空気も神聖なままじゃ。だから信じる者も多い。社もきちんと管理されておる」


「まあ、お前様は決まった社を持たぬからな。あれはあれで苦労もあるのじゃ」


 熊ジイの言葉におじいちゃんがニヤッと笑った。


「どちらが良いとは言わぬが、わしは先読みが出来ぬゆえにいらぬ苦労はしなくて済んだとは思っておるよ」


 三人は滝を眺めながら暫し沈黙した。

 ハナは三人の話を聞きながら、自分の役割とは何だろうと考えた。

『授かった神力を込めながら言葉を紡ぐと、その通りに事が動く』

 それが正しく使われるなら、微力ではあるが悪い方に進もうとする運命を軌道修正することも可能なのだろう。

 しかし悪意を持ってそれを使ったなら……そう考えると、ハナは自分の力が恐ろしい。


「ハナや、明日から勉強を再開せねばな」


 まるで心の中を読んだように、おじいちゃんがポツンと言った。

 あくる朝、怒涛のような朝食を終えた三人の神々。

 個別調査は面倒だということで、式神『獏』を召喚することにしたようだ。

 途中経過を探らせるとともに、何度も同じ夢を見させることで潜在意識に訴えかける。


「その方が手っ取り早い」


 おじいちゃんの言葉に二人の神も頷いた。


「ハナ、わしは少々忙しくなった。お前の勉強を見てくれるものを呼んでおるから、そのもから習え。ちと厳しいが間違いはない」


「うん、わかった。どこかに行くの?」


「いや、ここにおるが結界を張るからお前は近寄れんようになる」


「はぁ~い」


 なんとも慣れたものだと自分でも思うが、今は一日でも早くおじいちゃんの役に立てるようになりたい。

 ハナは誰が来ても絶対に頑張ろうと思った。

 滝前の縁側がぼんやりと幕が張られた様にしか見えなくなって数分、家が揺れたような気がした。


「あなたがハナ様ですか?」


 振り向くと厨房の土間に、信じられないほど美しい女性が立っていた。


「はい、私がハナですが……どちら様でしょうか」


「私の名はウメと申します。一言主神様よりハナ様のお勉強を手伝うようにと命じられました。これはお土産です。よろしかったら皆様でどうぞ。ああ、シマ様とヤス様には別にお渡ししてございますので、こちらは皆様で」


 ものすごく大きな風呂敷堤を渡されたハナは、この嫋やかな女性のどこにこれほどの力があるのかと啞然とした。


「ありがとうございます。おじいちゃんが無理を言いました。一生懸命頑張りますのでよろしくお願いいたします」


 ハナはウメと名乗る女性の前に三つ指をついた。


「早速始めますか?」


「お茶を淹れます。お疲れでしょうから少し休まれてから、お願いします」


 ウメは頷いて厨房の板の間に腰かけた。


「どうぞ座敷へ」


「いえ、私は式神。座敷へ上がることはできません。ですからハナ様もここでお勉強ということになりますが、ご容赦くださいませね」


 式神と言えど神だろう? とは思ったが、いろいろ決まりごとがあるのだろう。

 そう言えばシマは滝を回り込むことすらできないと言っていたことを思い出し、ハナは妙に納得した。

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