虚構夢想再演【夢喰いヒーロー】

天地 帳

1章 ドリームヒーロー-前編

狭く暗い部屋で、キーボードを叩く音が響く。

 電子で固められた青白く光る薄い板には、様々な文字の羅列が表示されていた。その中にはニュースキャスターが喋っているモニターが複数設置されていた。

《本日の為替レートは》《 昨晩、――の国境で不法入国者が》等と発しているそれは、国際ニュースを流すチャンネルだ。話題の施設や店の最新情報を流す番組、またサービス精神旺盛の通販番組は、この部屋の主にとって好まないようだった。

 現在の時刻は午前十時。

「まったく、この世界は馬鹿ばっかだなー」

 ぽつりと。モニターの前で、溜息まじりに鼻で笑う。

 アルトを低くしたような声と、髪は女子のように肩上くらいまで伸ばしている少年の姿があった。

思春期で挫折と何かに目覚めた翳りのような雰囲気を残す左目元と、それを隠す前髪が特徴をもつ。

 なぜ右側ではないのか?という答えは単純で、利き手の邪魔になるからだ。

 なぜ切らないのか?という問いに対しては、美容院独特の雰囲気が苦手で行きたくないという理由。

 そのおかげで視力を落としてしまったためか、眼鏡をかけている。そんな、特殊な外見の少年の名前は難浪夢夜。

 本来なら高等学校に通う年頃なのだが、 その学校側から『手に負えない!』『他の生徒や教員に悪影響!』と理不尽すぎる理由で、二年ほど前に自主退学をさせられてしまっていた。

 彼の父親は海外赴任で不在、母親は幼い頃に死別している。

 そのため、現在は父親の妹である叔母の家に厄介になっている――のだが、その息子から肩身の狭い仕打ちを受けていた。なぜか、従弟である彼と夢夜は仲が悪いのだ。

『なぜ』の理由は知らない ―― というより夢夜はその事について、当てはまる記憶が無かった。

『すっぽりと抜けている 』 、と言われた方がしっくりくる。

 従弟の様子を見ると、夢夜は雑な対応をされる位置にいる――カースト最下位というやつだ。といっても、叔母も国内出張でおらず、今やこの家には夢夜と従弟の二人しか居ないのだが。

 そのカースト最下位の称号をもつ夢夜は、在宅ワークで引きこもりがちであるが、 インターネットを介し記事作成代行やアフィリエイトで自身の生計を立てていた。仕事の合間に家事をして過ごしており、それなりに料理や掃除が得意になっていた夢夜は、家主代理である従弟に感想を聞いてみたことがある。

 しかし、日々の貢献も培った特技も、従弟の『え? 家にずっといるんだから、それくらいの労働は当たり前でしょ』という一言で会話が終了する。労る価値がないらしい。

 空しさを埋めるべく、趣味でもあるホラーやオカルト話をウェブサイトに更新していく。

 小規模のウェブサイトではあるが、ときどき感想や質問のコメントが届くようで、それなりに見てもらえていたようだった。

 夢夜は編集ページを開くのだが、ページ下部に映るキャラクターものの広告に目が止まる。

 奇抜な髪色、見た目が美しく、映えのある衣装を着飾ったバーチャルアイドル――の中の人募集。

 今流行りのコンテンツである収益事業――バーチャルアイドルや実況配信者が世間を賑わせていた。

 夢夜は広告の文章を読むが、一瞬で冷めた表情をする。少しだけ、『ワンチャンあるか……?』と思ったらしい。だが、隠キャである彼にとって、他者と円滑にコミュニケーションをとれるスキルは無いうえ、アンチが恐ろしくて到底できないものだった。

 夢夜は広告を閉じて視界から排除すると、慣れた手つきで文章を打ち込んでいく。

 この手のオカルトものは作り話のほうが多いのではないか?と、世間一般の人間は疑念を抱く筈だ。

 しかし、この世界の人間はどうやら単純な思考回路で成り立っているらしく、見たものをすぐ信用する傾向にあった。

「こんなん信じるのかよ。うわ~~、この前の記事で適当に取り上げた廃墟……顔出し配信者がホラー検証で突撃して熊に遭遇。――直接関わってないのに、悪いことした気分だ」

 彼が書いたオカルトの話により実害が出てしまい、心の中で謝罪しつつも『でも、フツー夜にこんな山奥の廃墟に行かねえだろ』と悪態をつく。

「いや 、でも今はこういう実況や配信ですげえ稼いでるって聞くし、それに比べて……」

 夢夜は悶々と悩んだあと、自身の人生設計を『まだセーフ、慌てなくて大丈夫』と都合がいいように結論づける。だが、一度ネガティブになった思考は悪い方へといってしまうもので、深い溜息をつく。

「ほんっと、理不尽すぎる」

 天に腕を突き上げるように伸ばし、欠伸とともに愚痴をこぼす。

 徹夜明けで思考がまとまっていないのかもしれないと、目元の筋肉をマッサージして凝りを解した。

 そして、回転式の椅子に背中を預けると、腰推(ランバーサポート)の骨がぎしぎしと音を立てる。

 同時に彼の視界がぐらりと揺れると、発してはいけない破損音を立てて背もたれが折れた。

「うおおおおお!?」

 重力に逆らえない落下音とともに、背中に激痛が走る。床に倒れる際に、背もたれの折れた突起部分で皮膚を切り、肉のほうまで神経を刺激したようだった。

 夢夜は嘆きながら立ち上がり、じくっと痛みを伴う患部を擦ると、怒りと虚しさと理不尽さが込み上げ、不幸だと泣き叫びそうになっていた。行き場のない感情を頭からかき消し、先ほど座っていたほうへ視線を移す。引きこもりの相棒だった椅子はもはや使い物にならず、処分するしかない。

「はあ 。新しい椅子はネットで注文するとして、とりあえず病院行くか。めちゃくちゃ痛え」

ため息まじりに独り言を呟くと、支度をして家を出た。

 引きこもりと徹夜による時間の感覚がずれた夢夜にとって、久しぶりに触れた日差しと外の空気。

 商店街に植えられている桜並木は優しい風に揺られ、その薄桃の花びらをひらひらと舞散らす。少年は春の陽気さを感じながら歩みを進めると、駅前の病院――目的の場所に着いた。

 医者曰く。少量の出血と青く腫れていた患部は数週間で治るものらしく、適切な処置をし、痛み止めを処方してもらった。スピード解決に、一気にひまになった夢夜は、どうしたものかと考える。

「せっかく外に出たし 、なんか買い物して帰るか――ってなんだあれ?」

 行き先をスーパーに変更し、遊具と砂場が設置された公園を横切るときだった。普段は見かけない野良猫数匹が集まり、敷地内の端の草むらに向かって唸っていたのだ。

 夢夜は記事のネタになるかもしれないという興味から、 ゆっくり近づき草むらをかきわける。

 しかし、そこにあったのは黒とピンクが混ざった毛色をしたうさぎ。逃げないあたり、こちらに気がつかないのか、眠っているのか――こちらに背を向けて、うずくまっていた。

「なんだこの色と柄のうさぎ 。初めて見た……」

 不思議なマーブルカラーをよく見つめると、腹部の毛が赤いなにかで濡れており、そのままじわっと赤黒い液体が地面を染めた。

「な……!」

 その赤黒いものの正体を察すると、夢夜は取り出したスマートフォンの検索欄に、『動物病院」と打ち込んでいく。その結果、惜しくも近隣に該当するものはなく、一番近いところは公共交通機関で県を跨いで向かわねばならず時間が惜しかった。

「おい! しっかりしろ! 」

 声をかければ、小さい体が微かに動くのを確認できた。夢夜は切り替えて、一般人でもできる応急処置を検索する。

 対処法がわかると、なるべく振動を与えないようにうさぎを抱きかかえて走っていた。


       zzz

 家に着き、夢夜はすぐさま怪我をしたうさぎをバスタオルの上に横にすると、ガーゼや消毒液や包帯を用意していく。横にする時に腹の辺りに傷があり、そこから出血していたらしい。

「傷の場合は、傷口を水で洗い流して自然乾燥。そのあとはガーゼや布でしっかり押さえてから包帯を巻く……か」

 帰りの道中に処置方法を繰り返しイメージしていたおかげか、数十分で手当が無事に終わった。

 それでも、彼にとって自然乾燥の時間は長く感じてしまい、処置方法とうさぎを交互に見て、落ち着かない様子で待っていた。自然に任せるのは、時として歯痒いものである。

ソファの上に清潔なタオルを二枚敷いて厚みを出し、そこにうさぎを寝かせる。

ゆっくりと身体が上下しているのを確認すると、一命は取り留めたとのだと、彼は安堵した。

「ほんとはすぐに獣医に診せなきゃなのに、ごめんな」

うさぎには聴こえているかわからないが――、一人と一匹しかいない部屋に、夢夜の呟いた謝罪だけが静寂に消えていく。

 彼は徹夜のせいか安心したのか、急に瞼が重くなり夢の世界に落ちていった。


   

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