第7話 厨二病


 Bランク冒険者。

 カリーナがAランクになったことで霞んで見えるが、トップクラスであることに間違いはない。


 危険度の高いB級以上の依頼を多くこなすことで、ようやくたどり着ける階級なのだ。

 そして、この町でBランク冒険者は二人しかいない。

 その一人がシュバルツである。


 つまりこの町でトップクラスに強い。

 あの性格からして、ランクに物を言わせて好き放題やっていたかもしれない。


 現に、激情したカリーナに屋根の上まで殴り飛ばされたシュバルツを見て、冒険者たちが拍手していた。


「あのシュバルツを一撃で倒したぞあの子!」


「まだ子供なのにAランクだってよ! ありえねぇだろ!」


「しかも可愛い! うちのパーティに誘ってみようよ!」


 多分、重傷かもしれないシュバルツのことなんか忘れて、大勢の冒険者たちがカリーナを取り囲んだ。


「え、な、なに? 私……」


 正気を取り戻したカリーナだが、自分がなにをしたのかを憶えていないようだった。

 あれは彼女じゃない、どう見ても別人格だった。


「ラインべ……じゃなくて師匠。人がすっごい集まってきたよ?」


 状況を飲み込めていないカリーナが聞いてきたが。

 とりあえず俺を殴ったシュバルツにカリーナが倍返しで屋根まで殴り飛ばしたことを教える。


「あちゃ……力の制御を誤っちゃったみたい」


(ん……?)


「あのね師匠、実はこないだ家ぐらい大きい大岩をパンチで叩き割ったことがあってね。ずっと黙っていたけど、私……かなり強いかも」


 Bランク冒険者をワンパンするあの規格外な力をカリーナは、いままで自覚して隠してきたというのか。


 だから冒険者ギルドに行くことも、数日前から乗り気だったのか。


「ごめんね皆さん〜。先客がいるからパーティには入れないです。またの機会にお誘いください」


 群がる冒険者たちの勧誘を、カリーナは申し訳無さそうに手を合わせて謝った。

 面倒なことになるのではないかと唾を飲んだが、それを聞いた冒険者一同はあっさりと引いた。


「Aランク様の足を引っ張るわけにはいかねぇし。仕方ねぇな」


「考えてみればAランク冒険者はすげーけど、危険な依頼をギルドの方から頼まれたりすることがあるからな」


「これでシュバルツの奴が調子に乗らなければ、もうどうでもいいか」


 少し、惜しそうにしながら冒険者たちは各々の所に戻っていった。

 やはりシュバルツとかいう男、みんなに嫌われていたのか。


 あとで慰謝料とか請求されたくないので屋根から降ってきた気絶中のシュバルツの元まで行き、傍に上級回復ポーションを置いておく。


 一個数万ゴルドするから大切に使ってほしい。


「ごめんなさい師匠……私が力を抑えていればこんなことには」


 泣きそうな顔で、心の底から反省するカリーナの頭に手を乗せて撫でる。


「いや、俺のために怒ってくれたんだろ? どーせ、そのあと俺も同じことをしていたかもしれないんだ。遅かれ早かれこうなっていたさ」


「師匠はなにも悪くない……このゴミが悪いの」


 あの優しいカリーナが、羽虫を見るような目を倒れているシュバルツに向けていた。

 俺が絡まれただけで人格が変わるなこの子は。


 嬉しいけど、たしかに力の制御をしないと危険だ。


「ギルドで手続きしたことないから規約は知らないが、冒険者同士のトラブルは間違いなくルール違反だろうな」


「うぅ……」


 初日からカード剥奪は心が折れる。

 だが、カリーナの実力も知れたのでいい収穫にもなった。


 彼女の強大な力を、他にも役立てられる場所がきっとあるはずだ。

 落ち込むカリーナの手を引いて、この場から立ち去ろうとしたが、


 ピンク髪の眼帯少女が、目の前に立ちふさがった。

 誰、この子?

 仁王立ちで、自信満々にこちらを見ている。


「ボクの壊れかけたソウルが言っている……君たちは無罪だと! 真にギルティなのは倒れている、そこの悪魔!」


 派手にポーズを披露する少女を、唖然と見ることしなできなかった。

 声があまりにもデカすぎて、通行人から視線を浴びてしまう。


「このボクが! 哀れな子羊である君たちに手を差し伸べるメシアとなろう! そのためには、このボクの眷属となる誓いの儀式を……誓いの儀式を……」


 セリフを憶えていないのか言葉に詰まる少女。

 慌ててポケットから紙切れを取り出して読んでいる。


「あ……そうだった……コホン。誓いの儀式を執り行い! 君たちの無実を証明することを、封印されたこの神眼に誓おう!」


 決まったぜ! とカッコよくポーズを取る少女。


 訳すと「君たちに非がないことをちゃんと説明するから、ボクの仲間になって?」かな。

 首に冒険者カードがぶら下がっているし、間違いなくパーティ勧誘だ。


 それはさておいて、なんだろ、この背中がむず痒くなるこの感覚。

 共感性羞恥心というやつだろうか。

 前世、中学クラスに一人いたよ、こういう人。


「師匠……この人は……何?」


「こういう人間をねカリーナ。”厨二病患者”と呼ぶんだよ」


 汚れのない無知なカリーナには、まだ早すぎる世界だ。


「―――ふっ、喝采せよ」


 今日、僕たちは厨二病と出会いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る