第2話 記憶喪失



 雨に濡れないため洞窟の中で、野営をすることになった。

 ”収納魔法”で収納していた寝袋や焚き火用の乾いた薪を取り出す。


 女の子の服を脱がせ、デリケートな部分を見ないように雨で濡れた体を手拭いで拭く。

 傷ついた箇所は薬を塗って、包帯を巻く。


 子供用の服を持っていないので、仕方なく柔らかい敷布で女の子の身体を包んで、布袋に寝かせる。

 このままだと寒いので魔法で焚き火を起こす、人力は苦手だ。


 一通りの作業を終え、女の子の顔をまじまじと見る。

 綺麗な金髪、雪のように真っ白な肌、この子はきっと将来美人になるんだろうなぁ。

 その頃の俺は、もうおっさんになっているな。


「……」


 そういう目で見ているわけではないが、何故か彼女から目を離せない。

 既視感のようなものがあったからだ。

 まあ、誰であれ困っている人間を助けることが、この世界で生き延びるための手段で、あまり深く考えないようにしよう。


「んん……」


 腕を組んで、雨の降る音を聴きながら時間が過ぎるのを待っていると、寝袋の方から声がした。

 視線を向けると、女の子が目を覚ましていた。


「……ここ何処なの? なんで……私……あなたは?」


「森の中を歩いていたら、倒れている君を見つけたんだ」


「倒れて……なんで?」


 憶えていないみたいで、女の子は黙り込んだ。


「俺が聞きたいぐらいだよ。倒れていただけならまだマシだが、体中に傷が付いていたよ。それも切り傷や打撲のようなもの。幸い、深い傷じゃないから安静にしていればいずれ治るけどね」


 女の子は、俺の顔をまじまじと見つめている。

 不思議そうな表情を浮かべたかと思うと、すぐ目をそらされる。

 そんなに怖い顔なのかな、ラインベルトの顔って。


「君、名前は?」


「な、なまえ……私の名前は……」


 自分の身に起きた嫌な出来事ぐらい忘れはするだろう。

 だけど、女の子は名前すら思い出せないのか、ただ沈黙していた。

 驚きを隠せず、俺は口を開いた。


「まさか憶えていないのか?」


「……うん、思い出せない……うぅ……思い出せないよぉ」


 必死に思い出そうとしているのか、女の子は頭を抱えて涙を流した。

 記憶喪失というやつなのか。

 どう声をかけてやればいいのか分からなかったが、無意識に俺は彼女を包み込むように抱きしめ、頭を撫でる。


「うぅ……うわああああん!」


「大丈夫、大丈夫だから。きっと、すぐに思い出せるはずだ」


 貰い泣きしそうになったが、みっともないので堪える。

 俺にできるのは彼女に寄り添うことだけ。

 子供に必要なことなのだ。





 どれぐらい時間が過ぎたのかは分からない。

 だが、雨の音はもう聞こえなかった。

 泣きつかれて、ふたたび寝ていた女の子は数時間後に目を覚まして、安心しきった顔で俺を見た。


「助けて、ありがと……」


「気にするな、当たり前のことをしただけだ。それよりも、まだ思い出せないのか? 名前だけじゃなく、君の親御さんも家も」


「うん、何も分からない。何も思い出せない。だけど、魔法使いさんのおかげで寂しいの我慢できた」


「そっか、良かった」


 ニコリと微笑むと、女の子はきょとんとして目をそらした。

 まだ怖がられているのかと内心傷つくが、女の子は聞いてきた。


「あの、魔法使いさん……お名前、教えてもらってもいいですか?」


 名前。

 ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。

 どうせなら本名で名乗ることにしよう。

 転生したこのキャラのバッドエンドを脱却するのが、俺の目的だし記憶もないのなら俺を知らないはずだ。


「ラインベルト•クロード。人助けを生業にしている、ただの魔法使い」


「ラインベルト……さん」


 覚えようとしてくれているのか、小さく俺の名をつぶやいてくれた。

 この世界で、この名前を聞いて逃げなかったのは彼女が初めてだった。


 俯いていた彼女は顔を上げ、光を取り戻した瞳で俺を見る。


「ラインベルトさんと一緒に旅したい。なにも思い出せない私に、帰る場所がないの。だからお願いします。どうか私も連れて行ってください!」


 そうか、そうだよな。

 記憶を失った自分を、助けてくれた唯一の存在から離れたくない。

 俺も彼女のようになっていたら、同じことを考えるかもしれない。


 彼女を拾って助けたのは俺だ、最後まで責任を持つとしよう。


「分かった。だけど、俺の旅は君の考えているような簡単なものじゃない。苦しい旅だ、それでも一緒に……」


「行きます! 行かせてください!」


 即答される。

 俺が、みんなから嫌われている悪役だと知ったら、彼女はどう思うのだろうか。

 それが俺のそばから離れるきっかけになるのなら、それも運命か。


「その前に、名前がないと呼ぶとき困るから、何がいい?」


「自分で決めていいの……?」


「ああ、なんでもいいよ」


「……ラインベルトさんが決めて。ラインベルトさんが考えたのが良い」


 名付けるの苦手分野なんだよな。

 ゲームのユーザー名だって、かなりの時間がかかるぐらいだし。

 しかも女の子の名前……。


「か、カリーナなんか、どうかな?」


 おーい! それ勇者様の名前だろうが!

 なに勝手に使ってんだよ俺ぇ!


「かりー……な……」


 一瞬、女の子の目が揺らいだように見えた。

 この名前に聞き覚えでもあるのだろうか。


「カリーナ! 私の名前は今日からカリーナ!」


 特に深い理由はなく、ただ気に入ってもらえただけのようだった。

 そこまで喜ばれると、さすがは勇者の名前だなと感心する。


「ありがとうラインベルトさん! これからよろしくね!」


「ああ、こちらこそよろしくな」


 喜ぶカリーナに手を伸ばし、優しく頭を撫でる。

 彼女はそれを、嫌な顔をせず受け入れてくれた。

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