休日の過ごし方

「どっちにしよう……」


 二種類のワンピースを手に取り、茜は熟考していた。淡い茶色のチェック柄と、深い赤のチェック柄。どちらも秋っぽくてとても可愛い。茶色の方はどんなインナーでも合わせられそうだし、赤は普段なら派手すぎるからと避けてしまう色だが、暗めの赤色が落ち着いた雰囲気を醸し出していて素敵だ。


「両方買ってもいいんですよ?」

「それはちょっと……」


 隣から聞こえてきた苦笑混じりの声に、茜は戸惑いつつ言葉を濁らせた。新しいワンピースを色違いで二着も買ってもそんなに着る機会がない気がする。それに、とくに予算を定められているわけではないが、夏癸にあまり余計なお金を使わせたくはなかった。今日はすでに別の店でブラウスとタートルネックも買ってもらっている。


 久しぶりに夏癸と二人で買い物に来られたのは嬉しいけれど、洋服を選ぶのはあまり得意ではなくていつも悩んでしまう。夏癸は何でもすぐに買ってくれると言うが、茜は外出する機会があまり多くはないため何着も買ってもらうのは申し訳なく思ってしまう。せっかく買っても箪笥の肥やしになってしまうのではもったいない。

 鏡を見ながらワンピースを自分の身体に当ててみる。どちらが似合うだろうかと悩み続けていたが、はっとして傍にいる夏癸を振り返った。


「あっ、ごめんなさい、わたし悩みすぎですか!?」

「大丈夫ですよ。せっかくですから試着してみたらどうですか?」


 ちょうど通りがかった店員に夏癸が声をかけてくれて試着室に案内される。順番にワンピースを試着してみると、やっぱり赤色の方に気持ちが傾いた。今日着ている白いニットにも合っているし、普段身に着けない色を着ているのは新鮮に見えた。しかし、自分では良いと思ってもほかの人から見ると似合っていないということもあり得る。


「な、夏癸さん」


 茜は思いきってカーテンを開くと、少し離れたところにいた夏癸を呼んだ。


「どうしました?」

「あの、この色、変じゃない……?」

「可愛いですよ。普段あまり着ない色ですけど、似合っていますね」

「そうですか? えっと、じゃあ、こっちにします」


 夏癸の言葉に安心して、赤色のワンピースを買うことに決めた。夏癸にはもう少し待っていてもらい、元の服に着替える。試着室から出ると、にこやかな笑顔を浮かべた店員に声をかけられた。


「いかがでしたか?」

「あ、ええと……」


 店員に話しかけられるのは苦手でどうしてもあたふたしてしまう。茜が試着室から出てきたことに気付いた夏癸が、さりげなく間に入ってくれた。


「もう少し見ていきますか?」

「ううん。これだけで、大丈夫です」

「そうですか? では、すみません、お会計をお願いします」

「かしこまりました」


 そのままレジまで案内され、夏癸が会計を済ませてくれる。

 女性客ばかりの店内にいるのは居心地が悪くないだろうかとつい気になってしまうが、夏癸は嫌な顔ひとつせずに買い物に付き合ってくれる。一人きりで店内を見て回るのは不安なので、彼が傍にいてくれると安心できた。

 ワンピースの入った紙袋を受け取って店をあとにする。夏癸が荷物を持つと言ってくれたけれど、重いものではないし可愛らしいデザインのショップバッグは自分で持っていたかった。


「あ、夏癸さん、本屋さんも見ていいですか?」

「ええ、いいですよ」


 ショッピングモール内の書店は近所の書店よりも広い。何度か来たことがあるが、たくさんの書架が並んだ店内を見ているとどうしても心が弾む。茜は軽い足取りで文庫の新刊コーナーへ向かった。

 目当ての本を見つけてさっそく手に取る。平台に並んでいる本はほかにも気になるものがあったが、ぐっと堪えた。

 欲しい本は挙げたらきりがないので、誕生日プレゼントなどで買ってもらえるとき以外はお小遣いの範囲内で無理なく買うようにしている。


「これ、買ってきますね」


 少し離れたところで本を見ていた夏癸に声をかけてからレジに向かった。

 今日買った本は図書室で何度か借りて読むくらい気に入っているシリーズものなのだが、ハードカバーの単行本で買い揃えようかずっと悩んでいたので、文庫版が発売されると知って嬉しかった。しかも文庫だけの書き下ろし短編も収録されているのだ。買わないという選択肢がなかった。


「そろそろお昼にしましょうか」


 夏癸に促されて、レストラン街へ足を向ける。気が付けば一時近くになっていたので、確かにお腹が空いていた。

 そして、空腹以外の生理的欲求も気になってきた。下腹の奥が少し重たい。さりげなく周りを見渡して手洗いの表示を見つけると、夏癸の袖をそっと引いた。


「夏癸さん」

「ん? 食べたいものありました?」

「えっと、その前に……」


 トイレに行きたい、とさりげなく言ってしまえばいいのになんとなく恥ずかしくてすぐに言葉が出てこない。もごもごと唇を動かしていると察してくれたのか、夏癸は淡い苦笑を浮かべた。


「先にお手洗い行きましょうか?」


 問われて、こくんと頷く。女子トイレは少し並んでいたけれど、さほど待つことなく用を済ませることができた。待っていてくれた夏癸のもとにぱたぱたと駆け寄る。


「お待たせしました」

「そんなに待っていませんよ。さて、どこに入りましょうか」


 ほっとした気持ちで改めてレストラン街を見て回る。いくつも店があって迷ってしまうが、ふと目に入った蕎麦屋の前で思わず足を止めた。


「ええと……あ、お蕎麦、おいしそう」


 いつもは外食すると洋食を選びがちだが、今日はなんとなく蕎麦に心惹かれた。夏癸はいつも茜の食べたいものを選んでいいと言うが、せっかくだから夏癸の好きなものも食べてもらいたい。店内は少し混雑しているみたいだが、待っている人は二組だけだからあまり待たずに入れそうだ。


「ここがいいですっ」

「……いいんですか?」


 夏癸は少しだけ意外そうな顔をしていた。


「お蕎麦食べたいなって……だめですか?」

「だめじゃないですよ。じゃあここにしましょうか」


 穏やかに頷いて、夏癸が順番待ちのリストに名前を書いた。座って待ちながらメニューを開く。どれにしようかな、とまたしても迷いながら茜はメニューを眺めた。


「……夏癸さん、どれにしますか?」

「山菜そばと天ぷらのセットにしようかなと。茜は? 迷っていますか?」

「うん……天ぷらそばか鴨南蛮そばか……どっちにしよう」

「ああ、どっちもおいしそうですね。……鴨南蛮はネギ入っていますけど、大丈夫ですか?」

「あ、ぅ、そうですよね……」


 鴨南蛮そばには焼きネギがいくつも入っているみたいだ。避けて食べてもいいのかもしれないが、残してしまうのはお店の人に申し訳ない気もする。一方、天ぷらそばの方は刻みネギが少し載せてあるだけみたいなので、このくらいなら残しても構わないかもしれない。


「やっぱり天ぷらそばにします」


 メニューに悩んでいるうちに何組かの客が退店していき、茜たちも席に案内された。お茶とおしぼりを持ってきた店員に夏癸が注文してくれる。


「山菜そばと天ぷらのセットと、あと天ぷらそばをひとつ。天ぷらそばの方はネギ抜きでお願いできますか?」


 茜は何も言っていないのに、苦手なネギを抜いて頼んでくれたことが少し嬉しい。休日だけあって一時を過ぎても店内には多くの客がいたが、さほど待つことなく注文した蕎麦が運ばれてきた。


「いただきます」


 軽く手を合わせてから割り箸を手に取る。上手に蕎麦を啜れないので少しずつ口に運んだ。二本載っている海老の天ぷらはつゆが染み込んでしっとりした衣も相まっておいしい。


「夏癸さん、山菜そばっておいしい?」

「結構おいしいですよ。食べてみます?」

「うーんと……遠慮しておきます」


 少し迷ったけれど、山菜は食べられるもののそんなに得意ではないのでやめておく。夏癸も無理強いはしなかった。


「ごちそうさまでした」


 天ぷらが大きいため全部食べ切れるか不安だったけれど、問題なく完食できた。


「このあとどうしましょうか。ほかに見たいお店ありますか?」

「ええと……あっ、手芸屋さん見ていいですか?」

「いいですよ。じゃあ行きましょうか」


 会計を済ませて店を出る。休日のショッピングモールは人が多くて少し疲れるけれど、それでも足取りは軽かった。

 夏癸と二人で歩きながら、のんびりと休日のお出かけを楽しむ茜だった。

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うちの娘には××癖があります 番外編 志月さら @shidukisara

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