第70話 ボス部屋前の攻防

 さっきからずーーーっと、ソルスが静かだ。


 きっとアレだな。燃え尽きちまったってやつだ。真っ白に。



「ソルス大丈夫か?」

「……………大丈夫じゃ無いよ。それはカイも分かってるよね?その原因も!!僕はダンジョンに燻製用の木と肉を採りに来ただけだよ?!なのに今や僕のマジックバッグには何千というゼルが入ってる!これは何でなのさ?!」

「良かったな、ソルスはツイてる!」

「違うよね?!もう、僕はこのマジックバッグを持ってるのが怖くて仕方無いよ!疑心暗鬼で、目に入る組合員が全員強盗に見えるんだ!」



 本当に怖いんだよー!!と、ソルスは叫んでいた。用心するのは良いけど、過ぎれば挙動不審で余計に目立ってしまうってのに。どうやらソルス自身にも止められないらしい。


 ここは早い所、街へ帰って家族と相談してもらうしか無いな。



「ほら、もうすぐ5階層のボス部屋だろ?討伐が終わったら直ぐに街へ帰ろう。それまで俺とピー助が可能な限りソルスを護衛するからさ!な?」

「ぴぇ!!」

「カイ……何で他人事なの?!君だって同じ額のゼルを持ってるんだよ?!」

「慣れ?」

「慣れねえよ!!」



 大変だ!ソルスがグレちゃった!今もブツブツ悪態付いてる。恐怖で我を失ってしまったようだ。


 だが、俺は知っている。これは本来の彼じゃない!安眠毛布で温々としていた緩いソルスよ、カムバーーーーック!!



「ソルス、ならこんなのはどうだ?俺達はゼル姫様を護る護衛騎士だ。姫を護り街へ帰還する為に、共に戦い走り抜こう!オーーーっ!」

「バカっ!聞いた僕はもっとバカ!金に下らない設定付けてんじゃないよ!何がゼル姫だ!」



 よしよし。ソルスも良い感じに気炎を上げてる事だし、このままの勢いでボスを倒して5階層を制覇しよう!


 5階層のボスは確かハチだって言ってたな。あのピンクストライプのヤツそれと女王ハチ。


 女王ハチか。きっと相当デカいハチなんだろうな……。デカい昆虫はキモいんだよ。ミツバチはギリ大丈夫だけどアブラムシは気持ち悪かったし。



「さあ、ハチを倒して街へ帰ろう!ソルス!」

「…………僕はね、ここまでカイと行動を共にして学んだんだ。ここでも絶対に変なボスが出る!僕はそう断言するよ!階層途中でも大量のカエルに襲われたし、宝石虫も沢山現れた。これらは全てその予兆なんだよ!そしてまた、何時もと違う宝箱に得体の知れない物が沢山詰まってるんだ!」

「そうしたら、俺がゼルに替えてあげるよ!また増えるね?ラッキー!」

「あ………ぁ………………………」



 何やらうめき声を上げて『ゼルが……ゼルがぁ…!』と言うソルスを連れ、暫く進んで行くとボス部屋の入り口が見えて来た。


 珍しく他の探索者が何組かいて、扉前で座って順番を待っている。同じ位の年齢層のグループで、和気あいあいとした雰囲気だ。


 すると、何処かで見た顔が何人か混じっていた。あれ?どこで見たんだっけ?つい最近の気がするんだけど、何故か思い出せないな……。



「……早く帰りたいのにボス渋滞だよ。あれ?あの人達は、花畑で結婚式を挙げてた人達かな?」

「は?血痕式??」



 血で血を洗うアノ血痕式のことか?一度、さかずきを交わしたら、別れる時はその何倍も大変で、時間も金も毛も失うと言い伝えられている……。


 目を合わせちゃいけねぇ!俺は瞬時に目を逸らした。


 ここで因縁幸せオーラを付けられたら、ボス戦前なのに要らぬダメージを負うことになってしまう!


 ソルスも本調子じゃないのに、ここは俺が気張らねばならん!


 だが、どんなに目を逸らしたとしても、耳から入って来る音までは遮断出来ない。そこからは決して逃れる事の出来ぬ、血族ファミリーへの誘いが今当に行われようとしていた。



「無事に結婚式が終わってホッとしたよ。」

「ダズ?ここはまだダンジョンの中なんだから、ちゃんと街へ帰るまでは気を抜いちゃ駄目よ?」

「おお?早速尻に敷かれてるのかダズは?」

「違うよ!そう言うお前こそ、アリーとそろそろなんだろ?幼馴染同士なんだから、さっさとくっ付いちゃえよ!」



 幼馴染希少種族?!


 そこのお前!気を付けろ、狙われているぞ!血族ファミリーへの勧誘は、時に脳に錯誤を誘発させる作用があるんだ!


『次はお前らの番だな!』と言われても頷いてはいけない!そんなの決まって無いからな!!


 その言葉にウッカリその気になって、幼馴染希少種族の元へ行ったら『えっ……?そんな気は無いけど?』って、素気なく言われるパターンもあるんだ!


 本人への意思確認無しに交わされた契約妄想は無効だぞ!!


 この場の雰囲気で決めつけて浮かれてはダメだ!ダメだぞ?!……ああ!!なんだそのニヤけた顔は?!



「……また1人、散り行く運命を背負ってしまった様だな………。」

「カイ?何を言ってるんだ?ここのボスは魔法が有効だから、そんなに苦戦する事は無いよ?」



 いや、俺は知っている。

 魔法が全能では無い事を。


 アイツの契約妄想は、幼馴染希少種族と言うキーワードで強化されているが、現実本心の前では児戯に等しいってな。



「真実って時に残酷なものだな……。」

「………悦に入ってる所を悪いけど、次は僕達の番だからね?そろそろ戻って来てよ?!」



 そうだな……。こんな所で俺達は止まれない。


 友の屍を超えて先へ行くぞ!



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