はりねずみ令嬢の電撃仮面婚!~嘘つきな元恋人のあやしい復縁話になんて、もう絶対に騙されない。~
待鳥園子
第1話「仮面婚制度」
私の住むオラージュ王国では、近年より『仮面婚』と称される、国が公的に結婚適齢期の男女向けに奨励した結婚支援制度がある。
ことの始まりは、数十年前からロマンス主義の台頭。現実ではない創作世界での恋愛が、大衆娯楽として広まり楽しまれ、その影響を受け自由恋愛が持て囃されるようになった。
それまでに主流な結婚方法であった親同士が条件などを話し合い、幼い頃より子どもの結婚相手を選び、用意するという婚約制度が非難されるようになった。
何故かというと、それまでに長い歴史があり世界的に教育水準が高まり、国というか大陸規模で人権意識が向上した。
自分以外の誰かから人生の伴侶となる結婚相手を強制されるなんて、古くさく時代錯誤だと盛んに唱えられ、子ども自身にも拒否されてしまうことが増えた。
親に育てられることになる子どもにだって、それぞれに人としての自由意志があり、本人たちの意志決定による恋愛結婚こそが至上であるという考えが急速に広まった。
つまり、ロマンス至上主義、大恋愛時代の幕開けである。
だから、結婚相手を親が選んでしまうなんて、子どもたちの権利を侵害していると主張する人の数は増え続けていく一方だった。
恋愛至上主義を唱える若い女の子たちは数多く、世の潮流は、流行を作り出す彼女たちの影響を受けやすい。元々婚約制度反対な世情にも、そこで拍車がかかった。
よって、幼い頃から婚約者を選ぶ早期婚約制度は、極悪な所業であるとされ、今では親が結婚相手を選ぶこと自体を法律で禁止されてしまった。
けれど、それがすべての原因であるとは明確には言えないけど、結婚をしないことを選ぶ……いえ、はっきりと言ってしまうと、オラージュ王国中で結婚が出来ない人の数が、飛躍的に増えることになってしまった。
たとえば、そもそも恋愛を人生の中で重きを置かなかったり、好きな仕事にかまけ多忙を極めていれば時間がなくて、誰かと順序を追って恋愛関係を築けなかったり……その理由は人それぞれ様ざまだけど、自主的に結婚しない人が増えてしまうことになった。
どんな理想も叶う創作世界の影響を受け、やたらと美意識が高くなり、鏡に映る自分はさておき、相手には良い外見を求めてしまう人の割合も増えた。
けれど、誰もが認めるような美男美女の割合は、確率的に一定数しか居ない。そんな人は、競争率も高く早々に恋に落ち結婚してしまう。
このまま行くと、結婚しない人が増え、国を栄えさせる子どもが減り、将来的には国全体が困ってしまうことになってしまう。
だからといって、自分の孫が欲しいからと、親が強制的に我が子を結婚させてしまうことは、今は法的に禁止されてしまって出来ない。
そもそもの話として、我らがオラージュ王国の王族は、常に恋愛結婚だったからだ。
愛で強く結びつくのなら、王族と平民との身分違いの結婚なんて、当たり前。国のための政略結婚、なにそれ美味しいの? という状態だったとしても、これまでのオラージュ王国存続には、何の問題もなかった。
つまり、統治しているオラージュの王族が、そもそも恋愛至上主義な考えを持っており、それを支持していた。つまり、親が結婚相手を決める早期婚約制度が復活することは、難しかった。
ただ、あちらを立てれば、こちらが立たず……結婚相手は自分で選べるという制度自体は、確かに良かった。
人という生き物の暮らしの実情とは異なる、綺麗事の建前上では。
例えば、今の状況なら大好きな人と結婚したいけれど、親から反対を受けて結婚することが出来ないという事案は、確かに発生しない。
けれど、恋愛することを積極的に望まない若者に、強制的に恋愛をして結婚をしろとも言えないことになってしまうのである。
そもそもの話、恋愛に積極的な男女は、割と簡単に結婚する。けれど、消極的な男女はなかなか結婚しない。これは、仕方ない。性格的に積極的な人も居れば、消極的な人も居るものである。
たとえば、今までは成人直後の若者の結婚していた確率が九十であったものが、やがて五十になり……国民の既婚率は目に見えて減り続け、感情的な結びつきである恋愛結婚は、だからというべきか離婚率だって高かった。
このままでは、人口が減り続け国自体の存亡の危機になってしまう。そんな事態を憂いた国の高官が、ある意見書を王へと提出した。
それは、ある程度の結婚条件が揃った上で、それまでの暮らしの生活水準が合う男女を集め、全員に仮面を着けさせ、会話のみでお互いに結婚相手を選ぶというやり方を国として公的に奨励しようという画期的な意見書だった。
仮面を被っているため、市井に良くある恋愛関係のように、わかりやすく容姿の良い男女のみに突出して人気が集まるということもない。自分との性格的な相性を確認するために、会話してからお互い人柄のみで結婚相手を選ぶ。
開始から全員が同じ条件で選び合い、その場にいる全員が結婚する気のある男女しか参加しないので、話がとても早くなる。
これならば、全員が自らの意志で結婚相手を選んだことになるし、恋愛にはあまり積極的になれないけど、結婚したいという本人たちの希望は叶う。
そして、結婚相手を選んだ日に、すぐさま婚姻書類を提出してしまい、男性側には新居を準備させることを参加条件としているので、二人はすぐに新婚生活を始める。
つまり、マリッジブルーだのなんだのと、余計なことを考える前に、自分で選んだと自負する異性と、さっさと結婚生活を開始してしまえば、あとは話が早いだろうという制度。
かくして、若者の未婚率の上昇に頭を悩ませていた王や重臣たちは、とにかくやってみなければ始まらないと頷いた。
そんなこんなで、『仮面婚』制度は、おそるおそるながらも始まった。
それなりの結婚しても生活が出来る条件をクリアし、これまで生きてきた生活水準を合わせて、結婚生活にはあまり関係ない容姿にはそれほどこだわらず、それなりに会話の弾んだ男女の結婚は、当然と言うべきか……まだ開始されて、十数年しか経っていないものの『仮面婚』で結婚した夫婦の離婚率は、とても低かったのだ。
一時的な強い感情任せでなど人生を決めずに、結婚に対する条件重視かつ、顔を見ず会話した人柄のみで結婚を決めるという選択肢は、割と性に合っている若者の割合が多かったらしい。
常に恋愛しようと強く思わない人は、精神的にも安定している傾向にあり、結婚をしていて何か摺り合わせが必要な事態に直面しても、面倒な各種事務手続きのある離婚を選択せずに必要なことを話し合い、彼らは大抵の場合婚姻関係の継続を望んだ。
男女として激しく愛し愛され、まるで小説のような恋愛結婚向きの人も居れば、半強制的にでも「はい。この人と、結婚生活開始!」と決められた方が、楽な人も居るという、単なる向き不向きの問題だった。
それに、積極的な人の意見は消極的な人の意見より、よく声が通るのも、また事実である。
なんにしろ、オラージュ王国で一番に重要なのは『自分で結婚相手を選べる』ということ。
そして、私はというと……流行りの『仮面婚』を、希望している。
『仮面婚』の次回へ申し込みを決め予約を済ませ、参加しようと考えているコラリー・アーヴィング……アーヴィング伯爵家に生まれ、一人娘のために、いずれは跡継ぎを産んだ方が良いと望まれている存在。
優しい両親は今は、結婚を急かすようなことは何も言わない。
けど、心の中では早く結婚して、跡継ぎとなる子ども……つまり、孫を産んで欲しいと思って居るはず。
私本人は恋愛結婚がしたくない訳でもなくて……ただただ、もう……恋愛をして幸せになろうとすること、そのものが、なんだか億劫になるし、こりごりなだけ。
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