赤い花
「どうしてこんなことをするの」
泣きながら彼女は言った。その滑らかな手には社へ収める願い札。
それがずたずたに破れている。
「だって、そうでもしなきゃ来てくれないでしょう」
私が言う。
彼女の嗚咽がひどくなる。
「ひどい、あんまりよ、こんなことまでして」
涙が落ちる。点々と地面を濡らす。薄暗い景色のなかにも、彼女のそれは際立って見える。彼女は赤い柄の服を着ていた。ゆるやかな裾、華やかな袖口。耳には飾りのための穴、珊瑚の粒が小さく光る。恋と子供のための石。揃いの腕輪。首飾り。
彼女は知っているだろうか。わかっているだろうか? どれもあの日とまるきり同じ格好だ。違うのは髪の長さくらい、彼女の髪はあれからずいぶん長くなっている。
昔は、あのころは、まだ肩にかかるくらいだったのに。
「でも、きみは来てくれた。そのお陰で」
かすかに風が通る。秋口の、いかにも生ぬるく湿った風だ。木々が揺れ、草が揺れる。どこか潮騒にも似たその音。
水音。
さながら海の底にでもいるかのような。
彼女ははっと顔を上げて、あたりを見回す――そうして深く息を吐く。
「これで三枚目なのよ……きっともう、新しい札はもらえやしない……今度のだって、ずいぶん無理を言っていただいたのに」
わななく手のなかで、破れた願い札のくしゃりと潰れる音がする。
「だけど、一枚目でも二枚目でも、きみは来てくれなかったじゃないか」
彼女は首を振る、何度も、何度も。まるで小さな子供が、いやいやをするように。
「妹が死んだら、あんたのせいよ!」
彼女は叫ぶ。胸を打つような悲しさで。
「いったいどうやったの? あんたがやったっていうのはわかってるのよ、あたしにはわかってるんだから! 何よ、何よ! いまさらそんな、こんな、もう何年も経ってから」
彼女の声が震える。
「あたしは悪くない」
彼女の、うなだれた首筋へ、長く伸ばした黒髪がこぼれる。結い上げきれずに垂らした一房。艶のあるその黒の下、鷺のように曲げた首は、とても白い。とても細い。
触れれば折れてしまいそうだった。
「あんたが、勝手に溺れて死んだんじゃない!」
ぽきりと音がした。
赤い花の首が地面に落ちる。散らばった願い札を掻き寄せる――拾い集める。落ちた花を掬い上げる。そうして、札の上へとそっと添えた。
神は願い事を聞くだろうか。叶えるだろうか? そうは思えなかった。これまで誰も、私の願ったことを叶えてくれはしなかったから。少なくとも、私たちのところへいる神は。
私は立ち去る。
いまはもう、すべてはそれほど海の底のようではなかった。
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