第5話 バズった話
――体が重い……
意識の覚醒と共に感じたのは、全身の倦怠感だ。
当然と言えば当然だろう、昨日は少し無茶をしたのだから。
多分原因の八割ぐらい意味のない全力攻撃な気もするが、まあそれはいい。
――俺、かっこよかったよね?
女の子を救出して、ボスモンスターを一刀両断。
そして何より自画自賛するが、あれは決まっていたと思う。
ほらチェック・メイトだってやつ、なんかかっこよくない?
「――まあ、別に誰も見てないだろうからどうでもいいんだけど」
どんだけかっこいい行動をしてみた所で、見て貰えていなければ意味が無い。
流石にトロールとの戦闘中に配信ステータスを見る余裕は無かったので実際はしらないが、多分見られていないだろう。
という事でどうでもいい自惚れは一旦置いておき、悠真はベッドから上体を起こすと、二度寝を決め込まないように勢いそのままに脱出する。
「飯作らないと……腹減った」
唸るお腹を擦りながらキッチンにつながる廊下を進んでいく。
――ん?
違和感があった、それは匂いだ。
明らかに平常時の部屋の匂いではないそれは、鼻腔の奥を刺激する。
何かが焦げているにおい、明らかな異臭が充満していた。
――火事か?
確かに昨日は疲れていて、余り帰ってきてからの記憶がない。
それ故ガスの元栓を閉めていなかったり、何かしらの火事の原因を作っている可能性は大いにある。
「やっべ!!」
それに気づくや否や慌ててキッチンへと向かうと、勢いよくその扉を開けた。
途端に煤けた煙がキッチンから立ち込めてくる。
悠真はそれを見るや否やキッチン奥の消火器を使おうと、目をかばいながら煙をかき分け進んでいく。
「――すみませんでしたーーー!!!」
その時だった。
何かに足が触れる感触がしたと思ったら、下の方から号泣を共にした謝罪が聞こえてきたのだ。
慌ててその方に目をやるとそこにはエプロンを纏い煤だらけになった一人の少女ーー 一ノ瀬 結花が余りにも美しい土下座を決め込んでいた。
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「――何か恩返しをしたいと思ったんです……別にユウマさんを一酸化炭素中毒にしようと思ったわけでは断じてなく……」
「別にそこは疑ってないよ……」
とりあえず消火器でキッチンを鎮火した悠真は、目の前の少女から名前と経緯を聞いた。
彼女の名前は一ノ瀬 結花、今年で2年目のダンジョン配信者らしい。
トロールから助けられた後緊張の糸が切れて動けなくなっていた彼女を、悠真がとりあえず家に担いで帰ってきたというのが昨日の話。
今朝のボヤ騒ぎは、その恩返しに朝ごはんでも作ろうと思ったが故の惨劇だったらしい。
正直なんでフライパンとコンロ一つであんな大事になるのか甚だ疑問ではあるが、終わった話をいつまでも気にしていても仕方ないので流しておく。
とにかく悠真が立たされた状況は、
――美少女と2人……それに俺が助けたっておまけつき?……最高では?
煩悩がお祭り騒ぎしている。
男に生まれたが故当然、しかも人生34年間で一度もモテた事の無い悠真にとって、このシチュエーションはまさしく僥倖であた。
途端AIがいればモザイクがかかるであろう妄想が脳内で溢れ出す。
――いや、ちょっと待て……確か17とか言ってたよな
未成年だった事を思い出し、急いで妄想を中止させる。
いい年のおっさんが未成年に手を出すのは社会的にかなりマズイ。
いくら理性は本能に勝てないといえど、刑務所行きはさすがにゴメンである。
という事で煩悩としばしの別れを告げ、悠真は目の前の彼女との会話に復帰する。
「まあ、とりあえずもう怒ってないから顔上げなよ」
「本当ですか?事務所からお給料が出たらキッチンの弁償とかきっちりするので」
ガバッと顔を上げるとそういう彼女であるが、流石に受け取れないだろう。
未成年からおっさんが大金を貰うのは構図的にマズイ。
逆パパ活の様な様相になってしまうので、悠真は丁重にお断りすることにする。
何往復かの会話の後、渋々受け取れないという気持ちを彼女に汲んで貰うことに成功した。
「……でもこれじゃ気が晴れません!助けて頂いた相手の家のキッチンを燃やして何もお咎めなしなんて」
言葉にすると中々なパンチを誇る彼女の昨日今日の行動のまとめに、悠真は吹き出しそうになってしまう。
確かにそうだ、自分が相手の立場なら大恩を大仇で返す様な行動が謝罪一つで許されるのは何考えてるか分からなくて逆に怖い。
ならば、
「んー、じゃあコラボとか?嫌だったら全然いいんだけど」
「そんな事でいいんですか!?是非しましょう!」
少しの思案の後導き出した妥協点に、彼女から賛同の意が上がる。
コラボ、それは配信者が有名になるにおいて必須と言えるものだろう。
彼女は配信を初めて2年目と言っていたし、顔立ちと事務所というワードからもある程度の登録者がいる企業所属のダンジョン配信者である事は推察できる。
それにあやかると言えば聞こえが悪いが、チャンネル登録者を増やす上においてこれ以上のチャンスはない。
「って事でこの話は解決だな」
「そうですね。じゃあユウマさんのチャンネルと連絡先を教えてください」
正直ちょっと恥ずかしいが、背に腹はかえられ無いので大人しくスマホを開く。
配信者にとって登録者は戦闘力と同義であると聞いたことがある。
つまり悠真は戦闘力0のクソ雑魚ということになるのだ。
まあ始めたばかりだし仕方ないよな、そう自分を納得させ、自分のチャンネルページを開いた。
『登録者:53万人』
――……ん?
知っているアイコン、知っているチャンネルヘッダー、知っている配信アーカイブ。
そこにフューチャリングする絶対に身に覚えのないチャンネル登録者数の表示に悠真はフリーズした。
同チャンネル名、同アイコン、同ヘッダーの赤の他人の線も考えてみるが、それはもうドッペルゲンガー以上の何かだ。
要するにこれが意味することは、
「……俺、バズってる?」
「えええぇ!」
悠真の目標であった一人でもいいから誰かに登録してもらうというものは見事達成された訳だ。
約53万倍の規模感で。
実感が湧いてきたと同時に、心の奥底から喜びが溢れだしてくる。
この感覚は何時ぶりだろう、最後に感じたのが余りに前過ぎて忘れてしまった。
そんな喜びに浸る悠真の横で、ふつふつと怒りの炎を燃やしている少女は、
「やっぱり弁償します!!これじゃ助けて頂いた相手の家のキッチンを燃やして配信活動の宣伝までして貰う化け物じゃないですか!」
そう爆発させるが、これには悠真も堪えきれず爆笑してしまう。
事実を陳列しただけでこんなにも面白いのは後にも先にも無いだろう。
何か責任をとると言って聞かない結花ともういいと宥める悠真。
30分程の討論の後、彼女の高校の始業に間に合わないという理由で中断と言う形を取った。
幸いにもここから彼女の家は近いらしい。
「――絶対責任とりますから!!」
「分かった、またなんか考えとくよ」
「本当にありがとうございました」と最後に深々と一礼をして、一ノ瀬 結花は家を後にする。
その背中を見送った後、悠真は閉めた扉に背中を預けて座り込み、
「めっっっっちゃ!!緊張したぁぁぁ!!」
年上だからと余裕ぶってはいたが、人生で初めて家に女の子を呼んだ事実による計り知れない精神的疲労を吐き出していた。
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