第19話 事態の収束と私兵団による襲撃

 魔物が村を襲い始めてから数十分。いまだに次から次へと魔物が現れ、いつ途切れるのか予想もつかない状況だった。


「フィオレ、大丈夫? 魔力が減ってない?」


 ココにそう問いかけられ、自分の魔力の減りを自覚していたわたしは、キツく唇を噛み締める。


「ちょっとね……大規模魔法を連発してるから、自然回復が追いついてないかも」


 このままでは、あと一時間ほどで魔力が尽きる。さすがにそれまでには魔物の出現が止まると思うけど……楽観視は良くないかな。


 巨大な土壁を作って一箇所だけ隙間を開けて、魔物がそこからしか出てこられないようにすれば、大規模魔法を行使する必要がなくなるだろう。

 そうすれば魔力の減少が抑えられて、自然回復もするはずだ。


 そう決めたわたしは、さっそく行動に移した。


「ココ、飛ばされないように気をつけてね」


 ココに伝えてから、こちらに向かって駆けてくる魔物に向けて、若木ならば根本から折れるほどの強風を広く放った。

 殺傷力は低いけど、それによって一時的に魔物に対処をしなくていい時間が生まれ、そこでわたしは素早く魔法陣を描いていく。


 魔法陣とは、杖から魔力を直接放出して描くものだ。強力な一撃を放ちたいときや、複雑な魔法、そして普通には発動できないほどの大規模魔法を発動させたい時などに使う。


 かなり難しい技術のため一握りの人しか使えないらしいけど、真紅の魔女であるディアナさんのおかげで、わたしは何とか扱える。


 魔物がこちらに向かってくるまでの僅かな時間で魔法陣を完成させ――発動した。


 するとその瞬間、地震が起きたように地面が揺れ、ゴゴゴゴゴという低い音と共に、わたしたちと魔物との間に巨大な土壁が生まれた。


「よしっ」


 魔法の成功に、思わずガッツポーズをしてしまう。


「な、なんだこれ!?」


 後ろから困惑の声が聞こえてきたので、わたしは一瞬で振り返って村の皆にも説明をした。


「わたしの魔法なので気にしないでください!」


 それだけを叫んでから、土壁にわざと開けておいた隙間に視線を向けると……そこからは、三匹ほどの魔物が飛び出してきた。

 しかし一度に飛び出せるのは三匹が限度のようで、先ほどまでよりも圧倒的に討伐が楽になる。


 これなら一匹ずつ小規模の魔法で倒せるから、魔力の心配もいらないかな。


「ふぅ……」


 安堵感から息を吐き出し、少しだけ余裕ができたので、呆然としている村の人たちに告げた。


「土壁の端を物見櫓から監視してもらえますか? もしそちらから魔物が溢れたら教えてください」

「わ、分かった……!」


 男性が答えてくれて、数人が急いで物見櫓に向かってくれる。これでなんとか村を助けられたかな。


「フィオレ、凄いね!」


 肩に乗っているココから弾んだ声が聞こえてきて、こんな状況だけど少しだけ頬が緩んでしまう。


「ありがと」


 そこからは簡単だった。土壁の端から溢れた魔物は少数で、そちらを村の皆が倒してくれている間に、わたしは隙間の前でひたすら魔物を倒していく。


 途中で隙間の数をもう一つ増やしてペースを上げ、土壁を作ってから数十分で魔物の出現が目に見えて少なくなった。


 完全に魔物が現れなくなったところで、もう一度魔法陣を描いて土壁を取り除き、地面を平らに均すと――


 そこには倒れている魔物しかいなかった。わたしたちは誰一人欠けることなく、全員が立っている。


「や、やったぞ! 村を守ったぞ!」


 村の皆の中から声が上がり、一気にその喜びは村全体に伝播した。皆の雄叫びや喜びの声が聞こえてきて、私の頬も自然と緩む。


「助けられて良かった……」


 ポツリと呟いた声に、ココが反応してくれた。


「フィオレのおかげだね! フィオレは凄いよ!」

 

 わたしの目の前を飛び回りながら興奮しているココは可愛い。


「ありがとう。ココが一緒にいてくれたことも心強かったよ」

「えへ、えへへ、そうかなぁ〜」


 わたしの手のひらの上に着地したココは、照れたように羽をバサバサと動かした。


 照れてるココ、本当に可愛い……!


 あまりの可愛さに完全に疲れが癒えた。実際に魔力もどんどん回復してきてるし、ちょっと安心だ。

 やっぱり魔力量が万全でないと、少し不安だからね。


「フィオレ……!」

 

 ココと戯れていたら、村の中からヴァンが駆け寄ってきてくれた。その後ろにはエリザさんや、特に仲良くしている人たちがたくさんいる。


「村を救ってくれてありがとな! 凄すぎて驚いたぞ!」

「役に立てて良かったよ」

「フィオレ、さすがの実力だな。今回は本当に助かった。ありがとう」


 わたしの肩をガシッと掴んだヴァンに押されながらエリザさんにも笑顔を向けると、エリザさんは魔物がたくさん倒れている周囲をぐるりと見回して、パンッと両手を叩いた。


 そして楽しそうな声音で告げる。


「じゃあ皆、魔物の解体をするよ! しばらくは肉祭りだね。残った肉は干し肉にでもして売りに行こう」

「おおっ」

「俺たちに任せとけ!」


 エリザさんの言葉に皆がやる気になり、村の中からぞろぞろと人が出てきた。そして一部の魔物はそのまま村の中に運び、大きすぎるものはその場で解体を始める。


「わたしも手伝います」

「疲れてないのかい?」

「はい。魔力はどんどん回復していますし、大丈夫です」

「本当に凄いねぇ……じゃあ、大型の魔物の血抜きを手伝って欲しい。持ち上げるのが大変なんだ」

「分かりました。ココ、向こうに行くよ」

「はーい!」


 それからは村の皆でひたすら魔物の解体をしたけど、大変な作業にもかかわらず、村の人たちの中で嫌そうな顔をしている人はいなかった。

 村が窮地から救われたからなのか、皆が笑顔で楽しく解体を進めていく。


 半ばお祭りのような熱気の中で作業が進んでいると――


 突然わたしの耳に馬車の音が飛び込んできた。その音は街道の先から聞こえてくる。そして馬車の音だけでなく、鎧を着た人間が動く独特の金属音も耳に届いた。


 もしかして街の方でもスタンピードが目撃されて、救援が来たのだろうか。でも救援を出すのは基本的にその領地の貴族だ。ということはこの村では、少し前にわたしを雇いに――いや、攫いにきたオディッリ子爵だ。


 あの子爵がこの村に救援を出すなんてあり得ないだろう。ただそうなると、誰が来たのか全く予想が……。


 そんなことを考えているうちに馬車が見え、必然的に訪問者が分かった。前回と同じ家紋が掲げられた、無駄にキラキラした馬車はオディッリ子爵のものだ。


「なんでまた村に……あっ、ココ、ポケットに入ってて」


 精霊との契約を知られるとより面倒な事態に陥るのは確実なので、ココには少しだけ身を隠してもらう。


 ココが大人しくポケットの中に収まってくれたのを確認して安堵の息を吐いていると、完全に止まった馬車の扉が開かれ、中からオディッリ子爵が降りてきた。


 その顔にはニヤニヤと嫌な笑みが浮かび、その視線がわたしに向いた瞬間、嫌悪感から思わず顔を顰めてしまう。


 しかしそんなわたしには気づかなかったのか、オディッリ子爵は機嫌が良さそうな声音で高らかと宣言した。


「私に歯向かった罪人を捕らえに来た! フィオレを引き渡すのだ!」

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