第20話 救世主現る

 子爵のわたしを捕らえよという宣言を聞き、思わず首を傾げてしまった。前回あそこまで魔法でやられたのに、なぜ今度は捕えられると自信満々なのだろう。


 子爵の表情には愉悦が滲んでいて、わたしを捕えられることは子爵の中で確定しているみたいだ。


 頭の中が疑問で満たされているうちに、子爵が周囲にいた兵士に命ずる。


「力づくで良い。罪人を捕らえよ!」


 その言葉に前回の五倍ほどの兵士が一斉に抜剣し、わたしに向かって駆け寄ってきた。しかしわたしは前回と同じように、兵士たちの足元の土を少し動かして自由を奪う。


 子爵は――凄く驚いてるみたいだ。


 え、なんで? どう考えてもこの結末になるって分かるよね? そもそも攻撃魔法が使える魔術師には、同じ魔術師でないと対抗できないというのはよく言われていることだ。


 魔術師なしで対抗するなら、一般的には一人の魔術師に対して百の兵が必要だと言われている。より強い力を持つ魔術師を相手にするなら、魔術師の力量によって千の兵、万の兵が必要だ。


「な、なぜだ!!」


 あまりにも理解できない状況に思わず思考を飛ばしていると、子爵の驚愕の声に意識がこの場に戻ってきた。


「いや、なぜだと言われても……」

「なぜ魔法が使えるのだ! 魔物討伐に使い果たしたのではなかったのかね!?」


 その叫びを聞いた瞬間、わたしの疑問は解消した。そしてそれと同時に、強い怒りが湧いてくる。


 この子爵――まさかわたしの魔力を尽きさせるためだけに、村に魔物をけしかけた?


「おい! 今の聞き捨てならねぇぞ!」

「お前が魔物に村を襲わせたのか!」


 わたしが怒る前に、近くで話を聞いていた村の皆が声を上げた。すると子爵は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「下賤の民が私にそのような口を利いて良いと思っているのかね!? お前たちも全員不敬罪にしてやるぞ!」

「お前なんかに従うぐらいなら、不敬罪でもなんでもすればいいだろ!」

「ずっと不満だったんだよなぁ。毎年毎年取られる税は上がるしよ、そこにこの前のフィオレへの対応。挙げ句の果てには村を魔物に襲わせただと!」


 子爵の怒鳴り声に相まって、村の皆の怒りのボルテージも上がっていく。


 どうしよう……子爵に怒りが湧くのはわたしも同じ気持ちだけど、村全体で子爵と対立してしまうのはまずい。子爵はこんなんでも、一応貴族なのだ。


 悲しいことに、貴族の権限は強い。貴族を抑えられるのは同じ貴族だけだ。わたしがいくら魔法を使えても、守れない場合はある。


 この場合はどう動くのが正解? 子爵に兵士を引き連れて帰ってもらうのが一番だけど、どう考えても子爵がその選択肢を選ぶことはないだろう。


 かといって、わたしたちから子爵に危害を加えてしまうのは、さすがにまずい。現状ではこちらが圧倒しているし、正当防衛を主張することもできない。


 兵士を足止めするだけじゃなくて戦闘不能にすれば、子爵も帰ってくれるのだろうか。でも兵士の中には、子爵に逆らえず従ってるだけの人もいるはずで――


 色々と考えてしまったら、動けなくなった。わたしのせいでこの村がダメになってしまったら……そんな嫌な想像が浮かんできて視野が狭くなっていると、突然わたしの耳に聞き慣れた声が届く。


「なんだこれ? どういう状況だよ」


 ハッと顔を上げると、一気に視界が広がった。そしてわたしの目に映ったのは、懐かしい魔術師団時代の仲間や上司だ。


「あっ、フィオレ! 本当にいるじゃねぇか! お前、俺に一言も告げずに勝手に辞めやがって……!」


 同僚だったラウルが肩を怒らせてわたしの下にズンズンと足を進めると、そんなラウルの襟をジェレミア団長が乱暴に掴む。


「ぐへっ」


 ラウルが喉が潰れたような声を出してその場に蹲ると、そんなラウルには目もくれず、ジェレミア団長はわたしの下へと優雅に足を進めた。そしてキラキラ……というよりもギラギラした瞳で手を取られる。


「フィオレさん……! やっとお会いできましたね! あなたの魔法が見られない日々は、色のないモノクロの世界のようでした。やはりわたしにはあなたの魔法が必要です……! あなたがいない人生など考えられない!」


 いつも通りちょっと、いやだいぶおかしいジェレミア団長の勢いに押されていると、第一騎士団のオスカル団長が苦笑を浮かべつつわたしに声をかけてくれた。


「フィオレ、突然押しかけてすまないな。――しかし、何か取り込み中だったか? あそこにいるのはオディッリ子爵だろう?」


 オスカル団長が子爵に視線を向けると、さっきまで傲岸不遜な態度で怒り狂っていた子爵は、口をはくはくと動かしながら瞳をこれでもかと見開いていた。


 あまりにも間抜けな表情に吹き出しそうになったけど、それを咎められることもない。子爵はゆっくりと震える手を持ち上げてこちらを指差し、さっきまでとは別人のようなか細い声を発した。


「な、なぜ、第一騎士団の団長である、オスカル様が? それに、魔術師団の団長であるジェレミア様まで……」


 わたしのことを知らなかった子爵でも、この二人のことは知ってるらしい。そういえば、オスカル団長は侯爵家でジェレミア団長は伯爵家の人だったはずだ。


「なぜって当たり前でしょう? ここにフィオレさんがいるからです」


 ジェレミア団長が不機嫌そうに眉間に皺を寄せて答えると、子爵はビクッと震えながらもまた問いかける。


「そ、そのフィオレという小娘……いや、平民は、なぜ皆様とお知り合いで……?」

「――あなた、深淵の魔女を知らないのですか? 貴族なのに? 馬鹿なんですか?」


 小娘を平民と言い換えて子爵的には配慮をしたんだろうけど、ジェレミア団長の機嫌は急降下して、子爵を射殺さんばかりに見つめた。


 ジェレミア団長っていつも味方になってくれて心強いんだけど……ちょっと過激というか、怖いんだよね。いや、嫌いじゃないし、頼りにはなるんだけど。


「し、し、深淵の魔女!?!?」


 子爵は瞳がこぼれ落ちるんじゃないかというほどに見開き、顎が外れそうなほどに口を開き、間抜けな表情で思いっきり叫んだ。


 その叫び声を聞いたジェレミア団長は、この場の状況を判断するように視線を巡らせると、もう一度子爵に視線を固定させる。


「あなた、オディッリ子爵でしたっけ? 状況を判断するにフィオレへと抜剣した兵を差し向けているようですが、どういうおつもりですか? この国の、世界の宝である深淵の魔女フィオレに対して、何をしようとしているのですか?」


 わたしですら背筋がゾワっとするような冷たい声音で問いかけられた子爵は――


 一気に顔色を青くし、全身をさらに震わせた。







〜あとがき〜

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蒼井美紗

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