第18話 あり得ない数の魔物

 突然鳴り響いた低い鐘の音に、誰もが息を呑んで物見櫓に視線を向け、戦える人たちはすぐに動き出した。


「早く武器を持て! 絶対に村を守るぞ!」

「分かってる!」

「戦えるやつ以外は頑丈な建物の中に入ってろ!」


 皆が慌てて駆け出す中で、わたしも村の外に向かおうと近くにいたエリザさんとヴァンに視線を向ける。


「わたしも行きます。村は任せてください」

「分かった。頼んだよ」

「フィオレ、気をつけろよ」


 二人の真剣な表情に頷いて、次はココに視線を向けた。上空をぐるぐると慌てた様子で飛び回るココに声をかけると、すぐ手のひらの上に降りてくる。


「フィ、フィオレ、たくさん魔物が来てるよっ」

「見えたの?」

「うん……!」


 ココの焦り方からして、かなり大変なことが起きているのかもしれない。わたしの魔法があれば村を救えるって高を括ってたけど、気合いを入れ直そう。


「分かった、わたしがこれから倒しに行くよ。ココはどうする? 危ないからエリザさんやヴァンと一緒にいてくれたら嬉しいんだけど」

「一緒に行くよ!」


 わたしの言葉を遮るようなタイミングで、ココはキリッとした表情でそう告げた。


 この様子だと……折れてくれないかな。


「一緒に来るなら危ないから、わたしの肩の上から動いちゃダメだよ」

「うん、ちゃんと守るよ」

「それなら一緒に行こう」


 ココとの話が終わったところで、ココを肩の上に移動させながらエリザさんとヴァンにもう一度視線を向けた。


「では行ってきます」


 そうして心配そうな二人と、村の皆に見送られて門に向かった。


 そこにはたくさんの男性たちや、一部の強い女性が集まっている。それぞれ武器を手に持ち戦闘態勢だけど、全員が呆然と村の外を眺めるだけで、足が止まっているようだ。


「どうしたんですか!」


 皆に声をかけると、一人の男性が瞳に怯えの色をのせながら外を指差した。


「フィオレ……あんなに魔物が。どう頑張っても、村を守りきれる未来が見えねぇ……」


 震える声に導かれるように、村の外が見える位置まで移動すると――そこには、数十以上の魔物の大群がいた。小さな魔物も数えたら、優に三桁は超えるだろう。


「何でこんなに魔物が……」


 これが同一種の群れならまだ分かる。百を超える群れを作って、大移動をする魔物はいるのだ。しかし村を襲っているのは、多様な魔物の群れ。しかもどの魔物も、何かから逃げるように村へと向かってきていた。


 強い魔物が現れて、スタンピードが起きてるの?


 スタンピードとは強大な魔物の移動により、その魔物の捕食対象である魔物が一斉に同じ方向へと逃げ出し、魔物の大移動が起こる現象のことだ。


 でもスタンピードは普通、森の奥から森の浅い場所に向かって起こるものだ。今回魔物が逃げている方向は、街道がある方から村に向かって。ということは、ほかの村や街がある方向から魔物が来ていることになる。


 もちろんそちらにも魔物はいるから、スタンピードが起きるのはあり得ないとまでは言えないけど……村や街の近くに、スタンピードを起こすような強い魔物が生息していたというのは考えにくい。


「皆さん! わたしが魔物の数を減らすので、撃ち漏らしたものを倒してください!」


 色々と考えている間に魔物はすぐ近くまで迫ってきていて、思考を中断して叫んだ。すると呆然としていた村の人たちは自らを鼓舞するように、わたしの声に答えてくれる。


「わ、分かった!」

「村を絶対に守る!」

「はい。絶対に守りましょう」


 肩に乗ったココに動かないでねともう一度伝えてから、手に持っていた杖を握り直した。


「よしっ」


 気合を入れて、まずは先頭を突進してくるフォレストボアに火球を放つ。フォレストボアの数は全部で――七!


 一匹も討ち漏らさないように、コントロールに細心の注意を払った。フォレストボアは突進しか攻撃手段がない小柄な魔物だけど、その突進の威力はかなりのもので、村を囲む柵を壊されたらかなり厄介だ。


 七匹のフォレストボアが問題なく地面に倒れると、その後ろから村に向かってくる魔物に、フォレストボアは踏み潰され蹴り飛ばされた。


 食料となるフォレストボアに見向きもしないなんて、これはスタンピードの可能性が高い。何かしらこの魔物たちを追い立てた存在がいることは確かだ。


「……っ」


 次にブラックドッグを端から倒していたら、その隙間を縫ってディアビットが飛び出してきた。そのあまりの数に広範囲を切り裂く風の刃を放ったけど、数匹が攻撃を逃れて村に向かう。


「ディアビットがいきます!」


 ディアビットは複雑に入り組んだ大きなツノを持った、人間がやっと抱き上げられるサイズの魔物だ。ビッグラビットとツノ以外の形は酷似しているけど、このツノが刃物のように鋭利に尖っていて、かなり危険な魔物に分類される。


「ま、任せてくれ」

「何とか俺たちで倒す!」

「絶対ツノには触れないようにしてください!」


 前を向いたままそう叫んでから、わたしはまた次の魔物に魔法を放った。

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