第17話 平和な日常が崩れる時

 オディッリ子爵が村に来てからしばらく、村は何事もなかったかのように平和だ。


 今日のわたしは数人の男性たちと一緒に少しだけルドスの森に入り、食料として数匹のアースベアを討伐した。

 今までこの村では襲ってきた魔物への対処以外で魔物討伐は行ってなかったらしいけど、わたしがいることで安全に森へ入れるようになったので、最近は定期的に狩りをしている。


「フィオレのおかげで安全に魔物と戦えて、かなり強くなってきた気がするな!」

「分かるぜ。前よりも魔物の動きが読めるようになった」

「それなら良かったです。でも油断は禁物ですよ」

「おうっ、そうだな」


 村が見えてきたところで宙に浮かべていたアースベアを、さらに上空へと持ち上げた。

 地上近くに浮かべていると、村を襲おうとしている魔物と区別がつきにくいということで、村に近づいたら上昇させるという決まりを作ったのだ。


「アースベアがこんなに高い位置を飛んでるの、面白いね!」


 ココは何が楽しいのかよく分からないけど、高い位置に浮かべた魔物の周りをよく飛び回っている。


「ココ、気をつけてね。怪我しないように」

「もちろんだよ!」

「フィオレはココに対して過保護だよなぁ」

「そうですか?」


 そう言われてみると、確かにココが少し離れたところに行くと不安になって、呼び戻してるかも……


 自分の言動を顧みて少し反省だ。でもココは凄い能力を持っていて、さらに精霊だとはいえ実体があって武力面では弱いから、どうしても心配になる。


「……適度な過保護を目指そうと思います」

「ははっ、結局過保護かよ」


 村人たちとそんな話をしながら村に戻り、中央にある広場にアースベアを下ろした。ここからは皆で解体して、肉や素材を分ける時間だ。


「うわぁ、凄い! アースベアが三匹も!」


 村の子供たちが真っ先に近寄ってきて、さらに大人も興味津々な様子で集まり始める。


「これは立派なアースベアだな」

「早く解体をしないとだわ」

「まずはとにかく血抜きだね。皆! 早く解体の道具を準備しな!」


 村の人たちは互いに協力し合い、広場ではすぐに解体の準備が整えられた。


「フィオレ、また大物を捕まえたな」


 騒ぎを聞きつけてやってきたヴァンが、なぜか自慢げにそう告げる。すると近くにいたエリザさんにバシッと頭を叩かれていた。


「あんたが討伐したんじゃないでしょ!」

「ちょっ、母ちゃん痛いって」

「あんたはすぐ調子に乗るんだから」


 二人のいつも通りのやり取りに、思わず笑いを溢してしまう。本当に仲が良くて微笑ましいよね。


「でもエリザさん、今回はわたしでもないんです。一緒に行った人たちだけで倒したんですよ」


 そう伝えると、近くにいた男性の一人が自慢げに力こぶを作った。すると周りにいた村の人たちが指笛を吹き、ピーッと軽快な音が空に抜けていく。


「ふっ……自分の実力が怖いぜ」


 皆に持ち上げられて気を良くしたのか、今度は決めポーズと共に流し目まで決めた男性に、エリザさんの鋭い声が飛んだ。


「ほら、調子に乗るんじゃないよ! フィオレがいるからこそなんだからね」


 そこでどっと広場に笑いが満ち、わたしも楽しい雰囲気の中で自然と笑いが溢れる。


 するとそんな中で一人の女の子が、無邪気な笑顔で手を挙げた。そしてわたしに向かって一言。


「ねえねえ、今日もフィオレお姉ちゃんの解体見たい!」


 その言葉に他の子供たちも同調して、大人たちからも期待の眼差しが向けられた。


 数日前に魔法を使ったちょっとした解体ショーをしたら、予想以上の反響だったのだ。

 ちょっと恥ずかしいけど、皆が楽しんでくれるなら――


「分かった。じゃあ一匹だけわたしが解体するね。皆さんもいいですか?」

「もちろんさ」

「楽しみだね!」


 皆からの同意が得られたところで異空間から杖を取り出し、広場に横たわっていたアースベアを一匹だけ宙に持ち上げた。


「おおっ」


 それだけでどよめきが起こり、わたしへと全員の視線が集まったのが分かる。


「フィオレ、頑張れー!」


 ココが肩の上から応援してくれることに緊張を和らげながら、まずは風魔法を使ってアースベアの首を深めに切り裂いた。


 するとそこにある太い血管が切れて血が大量に流れ出るので、その血を重力魔法と風魔法を使って浮かび上がらせ、バケツに運んでいく。


 液体を浮かべるのはやっぱり難しい。かなりの集中力が必要な芸当に、じんわりと汗が滲んだ。


 しかしあくまでもこれはパフォーマンスなので、笑顔は絶やさないように注意だ。水魔法の応用でアースボアの血液を動かし、一滴残らず血抜きを終えた。


「ふぅ」


 この水魔法の応用もかなり難しく、魔力も多めに使用する。死んでいる魔物の血液ならなんとか動かせる程度だ。


 この解体パフォーマンスを毎日やってたら、魔法のコントロール技術が上がるかな。


「では毛皮を剥ぎ取っていきます」


 それからも風魔法に水魔法、時には火魔法も駆使して魔物を解体していき、綺麗に部位ごとに分けることに成功した。


「これで終わりです」


 全部の魔法を止めてそう告げると、


「うおぉぉぉぉ!」

「凄いね!」

「さすがフィオレ!」


 村中に響くような大歓声が上がった。


「ありがとうございます」


 照れながら感謝を伝えると、解体ショーを頼んできた女の子がキラキラと輝く瞳でわたしを見上げているのが目に入る。


「どうだった?」

「すっっごく楽しかった!」

「そっか。良かったよ」


 少し疲れたけど達成感に満ちている。ココも楽しそうに上空を飛び回っているし、幸せだな――


 そう思って頬が緩んだ瞬間、その幸せな雰囲気を一気に掻き消す音が辺りに響き渡った。


 ゴーン、ゴーン!


 低い鐘の音は、魔物の襲撃を知らせる音だ。しかも普通の襲撃ではなく、緊急事態が発生している時の鳴らし方だった。

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