第15話 村人の優しさと子爵の怒り

 子爵の馬車を見送ってから、わたしには後悔が襲ってきた。子爵の横暴を受け入れるって選択肢はなかったけど、もう少し上手くできたんじゃないのかな……。


 これからどうしよう。またあの子爵はこの村に来るのだろうか。貴族自体は怖くないけど、貴族が持つ権力は脅威だ。わたしはそれを王宮で何度も経験した。


 これから先のことを不安に思っていると、ヴァンがこちらにやって来てくれた。


「フィオレ、大丈夫か?」


 心配そうにわたしの顔を覗き込んでくれるヴァンの表情を見ると、何だか安心できる。やっと心が村に戻って来た感じだ。

 貴族と話してると、どうしても王宮にいる気分になっちゃうね。


「わたしは大丈夫、ありがとう。それよりも村は大丈夫かな……」


 オディッリ子爵が、村への報復を考えていたらって想像が一番怖い。わたしが嫌がらせをされるのはいいけど、村の人たちに迷惑はかけたくないのだ。


 そう考えて集まっていた村の人たちを見回すと、まずはエリザさんが笑顔で口を開いてくれた。


「村は大丈夫さ。だよね、皆?」


 エリザさんの問いかけに、皆は笑顔で頷いてくれる。


「もちろんさ」

「フィオレがバッサリ断ってて、見てる私らもスカッとしたよ!」

「平民には何でも言うこと聞かせられると思ったら、大間違いさ」


 まずは女性たちが声を上げ、


「俺たちは強いから大丈夫だ」

「おうっ、この辺境で鍛えた実力を発揮する時だな」

「お前は一番弱いじゃねぇか!」

「今それを言うタイミングじゃないだろ!?」


 男性たちもわたしを励まそうと思っているのか、明るく振る舞ってくれる。そんな皆に心から感謝をして、わたしも笑顔を浮かべた。


「皆さん、ありがとうございます」


 本当にこの村の人たちは優しいな……。


 感動に頬を緩めていると、ポケットがモゾモゾと動いたのに気づいた。そこでちょうど、今がココをお披露目するいい機会だと気づく。


「ココ、出てこれる?」


 そう問いかけるとココはずっと待っていたのか、すぐにポケットから飛び出して来た。とても美しい羽を陽の光に輝かせ、わたしの頭上を飛び回る。


「もちろん! うぅ〜ん、ポケットはちょっと狭いね」

「狭いところに閉じ込めてごめんね」


 手のひらを前に出すと、ココはそこに着地して可愛らしく毛繕いをした。そんなココに、村の人たちは釘付けだ。


「そ、その小鳥……今、喋ったか?」


 誰かが呟いた声が広場には響き、ココは嬉しそうに飛び上がった。


「うん! 僕はココ、フィオレの契約精霊だよ!」

「「「せ、精霊〜!?」」」


 またしても、たくさんの声が被った。大勢の人たちに視線を注がれてココが嬉しそうに飛び回っているうちに、さっきココのことを伝えた男性たちが、少し自慢げにココの説明をしてくれる。


 楽しそうだから、説明は任せようかな……。


 そんなことを考えていると、話を聞いた村の人たちが次々とわたしたちの下に来てくれた。


「フィオレ、これからもこの村のためによろしく頼むよ」

「精霊なんて凄いじゃないか!」

「フィオレがこの村に来てくれて、本当に良かったね〜」


 皆が当たり前のようにわたしたちを受け入れてくれて、とても嬉しい。さっき貴族と接したから尚更だ。


 何があっても絶対にこの村を守る。わたしはそう決意して、皆に笑顔を向けた。

 わたしの手のひらの上では、機嫌の良さそうなココが皆に愛想を振り撒いていた。



 ♢ ♢ ♢



「私をコケにしてくれおって……!」


 フィオレたちが住む辺境の村から少し離れた山道で、ガタガタと揺れる馬車にイラつくように、オディッリ子爵が馬車の壁を蹴り飛ばした。


「あの娘……絶対に許さんぞっ」


 子爵は眉間に皺を寄せて宙を睨みつけ、親指の爪をガシガシと齧る。


 そんな子爵の向かいの席に座っている使用人の男は、必死に恐怖を逃そうと硬く拳を握りしめていた。そして子爵の怒りの矛先が自分に向かぬよう、存在感を最大限に消す。


「これからどうしてくれようか……」


(普通の娘ならば即刻処刑にしてやるものを、攻撃魔法が使えるところが厄介だ。攻撃魔法を手に入れられる機会を、自ら逃すのはさすがに躊躇う。となると……やはりあの娘を捕らえなければ。そして私のために一生働かせるのだ)


 そこまで考えたところで、子爵は怒りをブワッと強くして、今度は拳で馬車の座面を殴った。


「そもそも、兵士どもが娘一人捕らえられないのが悪いのではないかね……!?」


 そう叫んだ子爵は、ギロっと使用人の男を睨みつけた。


「お前もそう思うであろう?」

「……そっ、そう、ですね」


 男が子爵を怒らせないよう緊張しながら頷くと、子爵はそれで満足したのか、また親指の爪を噛みながら次の手を考え出した。


(今回は兵士の数が少なかったことが問題だったのだ。ということは……)


「あの村に私兵団と共に向かえば良いのだ」


 子爵はそう呟くと、今度はニヤッと楽しげな笑みを浮かべた。


「そしてあの娘は不敬罪で捕える。もし村人が反抗でもしたなら、その村人も不敬罪だ」


 あまりにも横暴すぎる計画であり、子爵が貴族であっても領民が住む村を私兵団で襲ったとなれば非難、そして罰は免れないのだが、自らを世界の中心だと信じて疑っていないオディッリ子爵は、そんなことには気づかない。


「これで私も魔術師を手に入れられるぞ!」


 急に機嫌が良くなった子爵に、使用人の男が計画の横暴さを伝えられるわけもなく、馬車内にはしばらく子爵の機嫌の良い笑い声が響いていた。

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