第14話 フィオレの嫌いな貴族

 ルーベンさんの案内で貴族がいるという広場に向かうと、そこには明らかにわたしが嫌いなタイプの、尊大な態度の貴族がいた。


 村の人たちへの迷惑を一切考えず、広場の中心に無駄に豪華な装飾を付けた馬車を置いて、さらには馬車の外にテーブルと椅子まで広げている。


 視線を周囲に動かしてみると、質素なもう一台の馬車が停まっているのが視界に入った。まさかこのテーブルと椅子を運ぶためだけに、もう一台の馬車を動かしてるなんて言わないよね?


「フィオレという娘を早く連れて来いと言ったのが、聞こえなかったのかね? 私が早くと言ったんだ。それなのに紅茶が冷めるほど待たされたのは、どういうことだ? もしや、私を待たせることが不敬だと認識できない下等な人種なのかね? ……まあ、このような田舎臭い村に住んでいるというだけで、程度が知れるというものだが」


 椅子に座って紅茶を口に運んだ貴族は、ルーベンさんを睨みつけながらそんな言葉を口にした。

 わたしはその言葉を聞いただけで、王宮で何度も浴びせられた平民であるわたしへの暴言を思い出し、つい顔を顰めてしまう。


「す、すみません……」


 ルーベンさんは萎縮して謝ったけど、まだ貴族のイライラは収まらないらしい。また口を開こうとしたところで、わたしはほぼ無意識に一歩前に出ていた。


「わたしがフィオレです。何か御用でしょうか」


 そう問いかけると、貴族はわたしのことを上から下までじーっと見つめる。ちなみにココには、少しの間だけと伝えてポケットに入ってもらった。


 細身でひょろっと背が高い貴族だ。王宮では見たことがないから、わたしが深淵の魔女だと知らない可能性が高いかな……それとも知ってて連れ戻しに来た?


 でもそれにしては早すぎるはずだ。知らないとなると、この辺境の村に住むただのフィオレに貴族が会いに来ているってことになるけど、理由は何だろう。


 じっと見られながらそんなことを考えていると、貴族はふんっと鼻を鳴らしてわたしから視線を背け、尊大な態度のまま口にした。


「お前は魔法に関して優秀だと聞いた。攻撃魔法も使えるのだね? 平民を雇うのは癪だが、我がオディッリ子爵家のために働くことを許可してやろう。光栄に思うと良い」


 オディッリ子爵って、この村が属する領地の領主だったはずだ。わたしの魔法の力がどこからか領主に伝わって、今日はここに来たってことかな。


 それとこの言い方的に、わたしが深淵の魔女だってことは知らないみたいだ。


「……何か言ったらどうだね? オディッリ子爵である私が直々に、こんな辺鄙な村まで来てやったんだ」


 子爵にジロリと睨まれるけど、わたしはなんだか大きな疲労感が押し寄せていて、口を開く気持ちにもなれない。


 何で貴族ってこんな人ばかりなんだろう……もちろんいい人たちもいることは分かってるけど、こういう人がやっぱり目立つのだ。


「おい小娘! これ以上黙ってるようなら不敬罪で……」

「お断りさせていただきます」


 面倒なことになりそうだったので簡潔に伝えると、子爵は一瞬だけ衝撃を受けたように固まり、それからすぐに顔を真っ赤に染め上げた。


「この私の頼みが聞けないというのかね!?」


 こういう場面で口が上手ければ、相手を怒らせずに躱せるのかもしれないけど……わたしにはできない。お世辞を言ったり、嘘を並べ立てたりするのは本当に苦手なのだ。


 だから王宮から田舎に来たのに……。


「はぁ」


 思わず溜息を溢してしまうと、子爵はガタッと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。そしてわたしを指差すと、思わず顔を顰めてしまうような煩い声で叫ぶ。


「何だその態度は!? 私の慈悲を無碍にするなど、許されると思っているのかね! 貴様のような下賎な平民は、私の言うことを聞いていれば良いのだ! 最後にもう一度だけ聞いてやろう……我が子爵家のために働くかね?」

「お断りさせていただきます」


 村の人たちの心配そうな視線に申し訳なく思いながら、やっぱりこの答えしかあり得ないので同じ回答を繰り返した。


 すると子爵は近くにいた帯剣した兵士に、叫ぶように指示をする。


「あの小娘を捕えるんだ! あいつは不敬罪で、これから一生、私のために強制労働だっ!」


 これだけで不敬罪なんて認められるわけがないのに……でも特に地方では、貴族の横暴が見逃されていたりするんだろうか。


 ただ攻撃魔法が使える魔術師だって分かっていて、力に訴えかけるのは悪手だよね。もしかして、魔術師を見たことがないのかな。

 魔術師は数が少ないし、その中でも力のある人は本当に一握りだから、実力を正しく理解していない可能性はある。

 

 そんなことを考えているうちに、剣を抜いた三人の兵士がわたしに向かってきていた。これを防ぐのは、正当防衛だよね?


 自分の中でそう納得して、魔法を行使する。


「うわっ!」

「な、何だこれは……っ」


 兵士たちを強風で地面に押し付けるようにして、剣だけを重力魔法も駆使して相手から奪ったのだ。剣は危ないのでわたしの下に引き寄せて、三本とも地面に突き刺す。


「なっ……お前、何をしたんだね!?」

「何って、魔法です。自分の身を守らせていただきました」


 程度は分からないにせよ、攻撃魔法を使える人材を強引に引き入れようと考えて来たはずなのに、抵抗されることを全く考えてないってどうなんだろう。


 王宮にいる時から思ってたけど、一部の貴族って結構な馬鹿なんじゃ……。


「反抗が許されると思ってるのかね!?」


 失礼なことを考えていたら、子爵の叫び声で思考が霧散した。


「そう言われましても、わたしは子爵様に仕えるつもりはありませんので……」


 改めてそう伝えると子爵は顔を真っ赤に染めて、わたしを射殺すように睨んでくる。その視線は怖いけど、隙を見せたら一気に付け込まれることは今までの経験から分かっていたので、密かに深呼吸をしてじっと耐えた。


 すると子爵は兵士が倒れている様子を一瞥し、わたしから視線を外す。そして兵士たちを怒鳴りつけて無理やり起こすと、自らはさっさと馬車に乗り込んでしまった。


「私の慈悲を無下にしたこと、絶対に許さんぞ……!」


 最後にそんな叫び声が聞こえ、げんなりとした表情を浮かべていると、その間に使用人たちが素早くその場を片付け子爵は広場を――そして村を後にした。

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