第13話 ココの紹介と驚きの連続

 魔物がふわふわと宙を浮いて村にやってくるなんて、よく考えたら異常事態以外の何物でもないよね。


 わたしのせいで緊急事態の鐘を鳴らさせちゃったのが、あまりにも申し訳なくて、すぐに誤解を解こうと動いた。まずはファイヤーヒヒを地面に下ろし、門番の男性に向かって大きく手を振る。


「すみません、この魔物はもう死んでます! わたしが倒して運んできました!」


 久しぶりに精一杯声を張ると、なんとか声は届いたようだ。門番の男性はわたしに気づき、躊躇っている様子ながらも、恐る恐る武器を下ろしてくれた。


 その事実にとりあえず安心して、ココに声を掛ける。


「魔物はここに置いて村に行くよ。怖がらせちゃったみたいだから」

「了解! 確かに五匹のファイヤーヒヒが宙に浮いてるのは驚くよね」

「だよね……」


 本当に申し訳ないことをしてしまった。村の人たちは鐘の音を聞いて動き出してるだろうし、ちゃんと謝らないと。


 門まで駆け足で向かって、まずは門番の男性とその周囲に集まり始めていた村の男性たちに、深く頭を下げた。


「ごめんなさい! 凄く紛らわしいことをしちゃって」

「い、いや、危険がないなら別に構わないが……あの浮いてた魔物はフィオレの魔法? なのか?」

「はい。重力魔法と風魔法です。森の中でファイヤーヒヒの群れに遭遇して、肉や毛皮が使えるかなと思い、運べるだけ運んできました」

 

 その説明に男性たちが呆然とわたしを見つめる。


「フィオレは、本当に強いんだなぁ……」

「ファイヤーヒヒの群れと一人で戦ったのか?」

「怪我はないか?」


 まずわたしの心配をしてくれる男性たちの優しさが嬉しくて、自然と笑顔が浮かぶ。


「はい。わたしは全く問題ないです」

「そうか、それなら良かった。じゃあ……あの魔物を皆で運ぶか」

「そうだな。解体も皆でやった方が早いだろ」


 そうして男性たちが頼もしく腕まくりを始めてくれたところで、村の中からエリザさんとヴァンがやって来た。

 二人はあまり焦ってないようなので、もう危険はないということが村に周知され始めてるらしい。


 そこまで混乱は大きくなってないかな。不幸中の幸いだ。


「フィオレ、さっきの鐘はフィオレの仕業だって?」


 エリザさんが苦笑を浮かべつつ、そう聞いてくれる。


「はい。ファイヤーヒヒを重力魔法で運んでたんです。紛らわしくてすみません」

「もしかして、あそこにある魔物の山か!? フィオレ、やっぱりすげぇんだな」


 そう言ったヴァンが笑顔でファイヤーヒヒからわたしに視線を移し、そこでやっとココに気づいたようだ。不思議そうな表情に変化させ、ココをじっと見つめる。


 するとヴァンの視線に、エリザさんと他の男性たちもココに気づいたらしい。


「その小鳥はなんだ? 随分と珍しい色合いだけど、拾ったのか?」


 ヴァンのその問いかけにわたしが答えようとした瞬間、ココが肩から飛び立って、皆の頭上を飛びながら嬉しそうに答えた。


「僕はココ、フィオレの契約精霊だよ!」


 そう言ったココはわたしが差し出した手のひらの上に降りてくると、なんだか照れたように羽を動かす。


 そんなココに全員の視線が集まり――その場にいた皆の声が揃った。


「「「精霊!?」」」


 皆はこれでもかと瞳を見開いて、ココとわたしの間で視線をうろうろとさせている。

 やっぱり精霊って、これほどに驚く存在だよね。ココがあまりにも自然体で……いい意味で威厳みたいなものを感じないから、なんだかすでに馴染んでしまった。


「さっきルドスの森の中で出会ったんです。ココがファイヤーヒヒに襲われていて、そこを助けたら契約することになりました」


 事実をそのまま伝えたけど、全員に首を傾げられた。


「そんなことが、あるのか?」


 代表して口を開いたのはヴァンだ。


「わたしも驚いたんだけど、あったんだよね」

「すげぇなぁ……」


 皆が感心した様子でココの存在を少しずつ受け入れてくれる中、一人の男性が躊躇う様子を見せながらも、我慢しきれないというように口を開いた。


「あのさ……精霊って、結構凄い魔術師としか契約しないんじゃなかったか? フィオレって、もしかして有名な魔術師だったりするんじゃないかと、思ったんだが……」


 その質問に少しだけ悩んだけど、すぐに本当にことを言おうと決めた。

 わたしは嘘や誤魔化しが苦手……というか嫌いなのだ。この性格のせいで上手く世渡りできないってことは分かってるんだけど、やっぱり正直に生きたい。


「実はわたし、深淵の魔女なんです。今まで伝えていなくてすみませんでした」


 そう告げてから沈黙が場を満たすこと数秒。その事実を知らなかった人たちの、本日二度目の叫びが辺りに響いた。


「「「はあ!?」」」


 男性たちはココが精霊だと明かした時よりも衝撃を受けたようで、口をはくはくと動かしている。しかし意味のある言葉はまだ紡げないようだ。


 そんな男性たちに、一人の男性が得意げな笑みを浮かべて言った。


「へへっ、俺は知ってたぜ」

「なっ……なんでだよ! フィオレの弱みでも握ったのか!」

「脅したんなら軽蔑するぞ!」

「はぁ? そんなことするわけねぇだろ! フィオレが教えてくれたんだ。前に肉屋のおばちゃんが飼ってるクロが木から降りられなくなってな、フィオレが魔法で華麗に解決してくれたんだぜ」


 凄い救出劇みたいに語られるのが恥ずかしくて、そんなに凄いことはしてないと口を挟もうとすると、それより早く他の男性たちが口を開く。


「なんだよそれ、見たかった……!」

「へっ、いいだろ」

「お前ばっかりずりぃぞ!」


 話はなぜか、わたしの魔法を見たいという話題になる。なんでこんな話に……と思いつつ、割って入った。


「あの、魔法ならいつでも使いますよ。同じ村に住む皆さんのお役に立てるなら、わたしも嬉しいですから。あっ、でも深淵の魔女ってことは、あんまり広めないでもらえるとありがたくて……」


 一応村の外には広まらないようにと思ってそう伝えると、男性たちは笑顔で了承してくれた。


「もちろんだ」

「まだ知らないやつらに、後で自慢してやるためにも秘密にしてなきゃな」


 わたしが深淵の魔女って事実を知ってることが、なんで自慢になるんだろうと曖昧な笑みを浮かべていると、エリザさんが苦笑しつつわたしの肩を叩いた。


「フィオレ、もうすっかりこの村のアイドルじゃないか。さすがだよ」

「え、アイドルなんて柄じゃないです」

「フィオレはいいやつだし、その上に強くて綺麗だから当然だな」


 ヴァンがニカっと純粋な笑みを浮かべて伝えてくれた言葉に、わたしは恥ずかしくて思わず頬を赤らめてしまう。


「……ありがと」


 そうしてなんだか話が微妙な方向に向かっていると、そこに焦ったような叫び声が割って入った。


「た、大変だよ……!」


 その声はルーベンさんのもので、皆で声の方向に視線を向けると、そこには慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるルーベンさんがいた。


「どうしたんだい?」


 エリザさんの問いかけに、ルーベンさんは息を整えてから答える。


「フィ、フィオレに、貴族様が会いに来てるよ……!」


 貴族……その言葉から感じ取れる嫌な予感に、わたしは思わず顔を顰めてしまった。

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