第10話 助けた小鳥の正体は
突然聞こえてきた声をどう判断していいのか分からず、わたしは混乱しながらも周囲を見回した。しかし視界に映る範囲には、誰の姿も見えない。
人間どころか魔物もいなく、今ここにいるのはわたしと手のひらの上の小鳥だけだ。
それを確認してから手のひらの上に視線を戻すと、綺麗な色をした小鳥は僅かに首を傾げていた。
「聞こえてない? もしかして、耳が聞こえないの?」
「え、い、いや、聞こえる……けど」
まさか小鳥が喋ってるの!? 内心でそう叫びながら、とりあえず質問に答える。
すると小鳥は嬉しそうに羽をパサパサと動かし、もう一度感謝を述べた。
「助けてくれて本当にありがとう。僕、ぼく……っ、もうダメなのかと思ったんだっ。ほ、本当に、怖くてっ」
小鳥は安心したら恐怖を思い出したのか、瞳から大粒の涙をこぼし始めた。羽で瞳を押さえるような仕草までしている。
わたしはそんな小鳥を前にして、おろおろと焦ることしかできない。というか小鳥って泣くの? そもそも喋ってるのはこの小鳥で間違いないよね?
――ダメだ、理解できない。
思わず現実逃避をしたくなり遠くを見つめていると、小鳥は少しして泣き止んだようで、今度は明るい声音で告げた。
「君は僕の救世主だよ! 名前を教えてくれる?」
「……わたしはフィオレ。あなたは?」
とりあえず目の前の小鳥が喋っているという事態は受け入れることにして名乗ると、小鳥は笑顔で答えてくれた。
「僕はココだよ!」
小鳥に笑顔なんてないでしょと思うかもしれないけど、本当に笑顔に見えたのだ。少なくともさっき泣いていた時の表情とは明らかに違う。
「ココ……ちゃん? それとも君?」
性別を迷ってそう聞くと、ココと名乗った小鳥から衝撃的な言葉が発せられた。
「精霊に性別はないから好きに呼んでいいよ! あっ、でも僕としてはココって呼び捨てがいいかなぁ」
――精霊?
わたしの耳がおかしくなった……んじゃないよね。確かに今、精霊って聞こえたはずだ。
でも精霊は凄く希少な存在で、確か一つの国で精霊と契約できるのは十年に一人ぐらい。精霊を見ることだって、普通は一生に一度もできないものだ。
そんな精霊が今、私の手のひらの上にいる?
「……信じられない」
思わずそう呟くと、その声が僅かに聞こえたらしいココが不思議そうに首を傾げた。
でも精霊なら納得だ。確か精霊は人の言葉を理解して、さらに操ることもできるって話だったから。
「精霊って、天使に作られた存在であってる?」
確かディアナさんに教えてもらった知識によると、天使によって作られたのが精霊で、悪魔によって作られたのが使い魔なのだ。
どちらも魔力が多い人や気に入った人と契約して、その人のために働くことがあると教えてもらった。
「そうだよ! 僕はまだ生まれてからそんなに経ってないから、できることが少ないし、実体もあるからすぐ危険に陥っちゃうんだけどね。さっきは本当に助かったよ」
そういえば、精霊は高位になると実体がなくなるんだっけ。
「なんでわざわざ危険な森の中に?」
魔物がいない場所で過ごしていれば安全なのに。そう思っての言葉だったけど、精霊はそこまで単純でもないらしい。
「精霊は高位になるまで、生まれた場所からほとんど動けないんだ」
「そうなんだ……精霊が街中で生まれることはないの?」
「その可能性は低いかなぁ。精霊は自然豊かな場所で生まれるからね」
ココの説明を感心しながら聞いていて、ふと疑問に思った。
「ココはこの森から出たことがないんだよね? それなら、なんで色々なことを知ってるの? 街中って言葉も理解してくれたし……」
「それは生まれた時から知ってるよ?」
ということは、精霊は生まれた時から何かしらの知識を引き継いでるってことなのかな。凄い、本当に人間とは全然違う存在なんだね。
わたしはもっと色々なことを聞きたいと思いつつ、さすがにこれ以上はココにも悪いと思い、この辺りで自重することにした。
「色々と教えてくれてありがとう。じゃあココ、また魔物に捕まらないようにね」
「……え、ちょっと待って!」
ココを近くの木の枝に乗せてあげようとしたら、ココに焦った声音で止められる。
「どうしたの?」
「フィオレ、僕と契約してくれないの? 確かに僕はまだ若くて、あんまりできることもないからお荷物かもしれないけど、それでもフィオレのために頑張るし……」
ココはそう言葉を紡ぎながら、また瞳に涙を溜め始めた。それを見て、わたしは慌てて口を開く。
「契約しないなんて思ってないよ! そうじゃなくて、そもそも精霊とは簡単に契約できないと思ってたし、さっきココが生まれた場所から離れられないって……」
「人間と契約すると、精霊はその人の近くならどこでも好きなところに行けるんだ。だから精霊は皆、人間と契約したいと思ってるはずだよ」
「そうなの……?」
それはかなり衝撃的な話だ。それならなんで、精霊との契約者は一国で十年に一度なんて頻度なんだろう。
……そっか、精霊は自然豊かな場所でしか生まれないからかな。
そういう場所は基本的に、魔物の数も多い。だから人間は寄り付かないのだ。そして精霊はその場所を動けないとなれば、契約が成立することはかなり少なくなると思う。
精霊と契約するために森に入るって言っても、精霊がどこにいるのかなんて誰にも分からないから、契約できるかどうかは完全に運なわけで……今までわたしが一度も精霊と出会わなかったことを考えると、精霊の数はそこまで多くないはずだ。
「人間と会った精霊は、絶対に契約できるかどうかを確認すると思うよ。でも人間に契約できるほど魔力を持ってる人って、少ないんだよね……その点、フィオレは凄いよ! 十分以上の魔力量だね!」
魔力量も必要なんだ。それなら契約者が減るのは当然だね。
「――フィオレ、僕と契約してくれる?」
わたしが色々と納得していたら、ココが不安げな瞳で見上げてきたので、あまり悩むことなくすぐに頷いた。
「うん。これからよろしくね」
精霊と契約なんてしたら今まで以上に目立ちそうだし、王宮にバレたら無理やりにでも連れ戻されそうだけど、それ以上にココが可愛くて抗えなかった。
潤んだ瞳でお願いされたら……うん、断れるわけないよね。わたしは自慢じゃないけど、ストレートなお願いに弱いのだ。
「本当!? やったー!」
ココは羽をパタパタと動かして、私の手のひらの上で喜びを露わにする。そんなココの動きが可愛すぎて、胸元の服をギュッと抑えてしまった。
わたしって、可愛いものにも弱いんだよね……。
「じゃあフィオレ、僕をもう少し上に持ち上げて」
ココにそう言われたので両手を目の高さまで持ち上げると、ココはふわっと飛び立ってわたしの額に柔らかい羽を触れさせた。
するとその瞬間に、体中を熱いものが駆け抜けるような感覚を覚える。それが消えた頃には、ココはまた手のひらの上に戻っていた。
「これで契約完了だよ」
そう言ってわたしを見上げたココは、なんだか自慢げな表情だった。
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