第9話 魔物の巣『ルドスの森』へ
村に移住してから一週間ほどが経ち、新しい暮らしにも少し慣れてきた。もう村の中を一人で歩くこともできるし、少しずつ村の人たちの名前も覚えて、交流を重ねている。
ということで少し余裕ができたため、今日はずっと気になっていたルドスの森に入ってみることにした。魔物の巣と呼ばれるほどの森の中が、どんな様子になっているのかは少し楽しみだ。
今日の目標としては、森の外縁部に生息している魔物分布を把握したいと思っている。そして魔物も間引いておきたい。
村の安全を保つためには、いくらでも働く所存だ。
「森に入るのは久しぶりだね」
足取り軽く村の出入り口に向かうと、今日の門番を担当している村の男性に声を掛けられた。
「フィオレ、今日は村から出るのか?」
「はい。今日はルドスの森の偵察をしようと思っていて」
「そうか、お前の実力なら問題ないのかもしれないが、油断せずにな」
「ありがとうございます。気をつけますね」
そうして話をしてから村を出て、しばらく進んだ場所にある森に足を踏み入れた。一人で森に入るのは少し緊張してしまうけど、意識して自然体を作る。
緊張すると、魔法の発動が遅くなるんだよね。
「それにしても一人で森に入るのなんて、本当に久しぶりだよね……もしかしたら、ディアナさんのところで暮らしていた時以来かも」
魔術師団ではいつでも誰かがわたしに付いていて、危険な場所に行く時には護衛もいたから。
それだけわたしの能力を大事に思ってたんだろうけど、それならもっとわたし自身も大切にしてくれたって良かったのに。
能力は必要だけど、わたし自身のことは蔑ろにするとか……
ダメだ、考えてるとイラついて注意力が散漫になる。もう忘れよう。思い出すとしても、優しかった人たちのことを思い出そう。
そんなことを考えながら獣道もないような森の中を、魔法で道を作り出しながら奥へと進んでいくと、耳に何かの音が届いた。
「……グオッグオッグオッ」
「オオーゥ」
この低い特徴的な声は……もしかしてヒヒ?
ヒヒは何種類かいるけど、どの種類も集団で狩りをするとても賢い魔物だ。油断したら死角からやられるから、慎重にいかないといけない。
ヒヒが村を襲ったら大変だから、できればここで討伐しておきたいし、それには有利に戦いを進めないと。
油断なく構えながらしばらく足を進めていると、木々の隙間からヒヒの姿を捉えることができた。しかしヒヒは別の獲物を狩っているようで、わたしには気づかない。
これ幸いと、ヒヒに向けて魔法を放とうとしたわたしの目に飛び込んできたのは――
ヒヒたちからなんとか逃れようと空に飛び立った、手のひらサイズの小鳥だった。
「なっ……!」
それが見知った普通の小鳥だったなら、助けようとなんてしなかったと思う。でもその羽の色が見たことがないもので、わたしは咄嗟に小鳥を助けるために魔法を放った。
それによってヒヒに奇襲をかけることもできず、さらには獲物を横取りした形になってしまう。
「あっ……最悪だ」
思わずそう呟くが、現状が変わるわけではない。わたしは仕方ないと腹を括り、ヒヒと真正面から戦うことにした。
ヒヒは獲物を横取りされた怒りと、さらには小鳥よりも獲物として最適な大きさであるわたしに標的を変えたらしい。
「「「グオッグオッ」」」
危機感を煽られるような低音の鳴き声をヒヒたちが連鎖するように発し、そんな中でわたしは異空間から杖を取り出した。
そして少し離れた場所で力尽きたのか地面に落ちている小鳥を、風魔法で素早くわたしの手元に運ぶ。
「少しだけポケットの中にいてね」
そう声を掛けてポケットの中にそっと入れたら、こちらに向かって駆けてくるヒヒに水球を放った。連続して放たれた水球は、四足で駆け寄ってくるヒヒの顔に真正面からぶつかる。
バンッッ! そんな音を響かせて、ヒヒは後ろによろめいた。何体かは倒れたようだ。
ヒヒは全部で……七匹。ただ姿を現してないヒヒがこの倍はいることを想定しないといけない。木の上からの襲撃に注意しないと。
それからこの燃えるような赤の毛皮は、確実にファイヤーヒヒだ。
山火事の心配は――
周囲を素早く見回すと、綺麗な青色をした大きな花が視界に映った。
「ブルーリリスがいるから大丈夫だね」
ブルーリリスとは、リリスと呼ばれる小さな野草の花が魔物化したもので、人の背丈ほどの大きさまで成長した花だ。
しかし魔物とは言ってもこちらから攻撃しなければ害はなく、水魔法を使えることから火をすぐに消してくれるので、山火事を防ぐには必須の魔物となっている。
そのためブルーリリスは、やむを得ない事情がない限り討伐しないのが暗黙のルールだ。
「グォォ!!」
水球にやられたヒヒが怒りを露わにしながら、長い腕を振り上げて飛び込んできた。
思いっきり殴られる前に、今度は風の刃を放って首を狙う。
「よしっ」
狙い通りに首を深く傷つけられたファイヤーヒヒは、血を吹き出しながらその場に倒れ込んだ。そんな仲間を目の当たりにして、さらに他のヒヒたちが一斉に飛びかかってくる。
わたしは自分の周りにトルネードのような風の流れを作り上げると、飛び込んできたヒヒを端から吹き飛ばした。
そして吹き飛んだヒヒには、追いかけるように氷槍を放っていく。基本的に火魔法を操る魔物には、水や氷魔法の方がよく効くのだ。
「……っ!」
姿を確認していた七匹のファイヤーヒヒを討伐し終わった直後、闇魔法で周囲を探っていたところに反応があり、即座に振り返った。
しかし振り返った時には目の前に巨大な石があって、咄嗟に体を捩ったが腕を石が掠ってしまった。
「うっ……ちょっと失敗したね」
ファイヤーヒヒの攻撃範囲を見誤っていた。もっと広く索敵しないとダメみたいだ。
わたしは腕の傷を水魔法で洗い流し、光魔法で治癒しながら石が飛んできた方に意識を向けた。すると木の上からの突然ヒヒが現れ、わたしに向かって飛び掛かってくる。
それを風魔法で吹き飛ばそうとした瞬間、ヒヒが火球を放った。
火球に風魔法を当てるのは、さすがに森の中ではまずい。咄嗟に判断して水球で火球を相殺し、さらにそのすぐ後に氷槍を放って飛び掛かってきたヒヒを串刺しにする。
ヒヒの死亡を見届けることなく、広げた索敵に引っ掛かったヒヒを倒すため、いくつかの木の上に向けて大きな水球をぶつけていく。
すると水球から逃れたヒヒや、逃れられずびしょ濡れで落ちてきたヒヒが五匹姿を現し、わたしはその全てに氷槍を撃った。
五匹全部が絶命し、最後に広範囲にもう一度索敵をしたら、戦闘は終了だ。
「はぁ、意外と大変だった。やっぱり集団と戦うには奇襲に限るよ」
そう呟きながら怪我が完璧に治ってるかを確認して、わたしはポケットの中に手を入れた。そこから小鳥を手のひらに載せて顔の前まで持ち上げると、小鳥は意識がないようだけど息はあるらしい。
「良かった……」
心から安堵して光魔法で怪我を治すと、ピクッと僅かに羽が動き、小鳥がパタパタと焦るように動き始める。
そこで体を立たせてあげると、小鳥は安心したのか自分の体を確認し始めた。
「可愛いなぁ」
羽の色は綺麗な青と白だ。なんの種類だろう。見た感じ魔物じゃなくて、普通に鳥みたいだけど……
そんなことを考えながら小鳥を眺めていると、突然わたしの耳に声が届いた。
「助けてくれてありがとう……!」
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