第6話 フィオレの歓迎会

 リビングを掃除している途中で外が薄暗くなってきたので、わたしは掃除を中断してエリザさんの家に向かった。


 道に迷わないか心配になりながら家を出たけど、次から次に村の人たちが声を掛けてくれて、迷う隙もないまま村長宅に到着した。


 この村の人たちは本当に優しくて明るくて、とてもいい村だ。移住先をここにして良かった。


「フィオレです」


 村長宅の玄関ドアを叩きながら声を掛けると、すぐに中からドアが開かれた。開いてくれたのは、エリザさんと同じ赤髪が特徴的なヴァンだ。


「いらっしゃい! 楽しみに待ってたんだ」


 満面の笑みを浮かべたヴァンに手を引かれ、わたしは家の中に入る。するとリビングテーブルの上には、すでにお皿やカトラリーが準備されていた。


「フィオレ、そこの席をどうぞ」

「おっ、フィオレ来たね!」


 ちょうど飲み水が入ったピッチャーを運んできたルーベンさんと、木べらを手に持ったまま台所から顔を出したエリザさんに迎え入れてもらい、温かい気持ちになりながら席に着く。


「ありがとうございます。失礼します」


 わたしの隣はヴァンのようで、ヴァンも椅子に腰掛けるとこちらに体ごと視線を向けた。


「フィオレは何でこの村に来たんだ? 俺は好きだけど、かなりの田舎だろ?」

「確かにかなり田舎だけど、そこに惹かれたの。もう都会での生活には疲れちゃって」

「おっ、じゃあフィオレは森の探索とか畑仕事、それから虫取りとかも興味あるか?」


 途中まではワクワクして聞いていたけど、虫取りという言葉を聞いた瞬間に口を開いてしまう。


「虫取りはない、それだけは無理」


 思わず眉間に皺を寄せながら伝えると、ヴァンは一瞬だけ呆気に取られた表情を浮かべてから、ケラケラと楽しそうに笑った。


「はははっ、フィオレは虫がダメなのか。虫もよく見たら可愛いぞ? 村の子供たちと虫取りで遊んでやると喜ぶしな」

「全く可愛くない! これは断言できる」

「足がいっぱいあったり、産毛がふさふさでぷるっとした柔らかな触り心地だったり、光沢があってツルツルとしたかっこいいやつも……」

「やめてー!」


 わたしは思わず耳を塞ぎながら叫んだ。ダメだ、想像するだけで背筋がゾワゾワする。せっかくの美味しいご飯が食べられなくなってしまう。


「ははははっ」


 ヴァンはわたしの反応に楽しそうに笑っていた。


「ちょっとヴァン、楽しんでない? わざとやってるでしょ」

「そんなことはないぞ? 俺はフィオレが少しでも虫嫌いを克服してくれたらと思って」


 人懐っこい笑みを浮かべてぐいぐいくるヴァンに流され、まだ会ってそんなに時間が経ってないにも関わらず話が弾む。


 いや、これは弾んでるっていうのかな……。


 でも新参者のわたしからしたら、こうして受け入れてもらえるのは凄くありがたい。虫の話は切実にやめてほしいけど、それでもありがたい。


「そうだフィオレ、明日は時間あるか? 今日できなかったから、村を案内する」

「明日……うん、大丈夫だよ。じゃあ案内してもらおうかな」

「よしきた! 俺に任せとけ」


 自信満々なヴァンに笑っていると、ルーベンさんとエリザさんが料理を持ってリビングにやってきた。


「あっ、わたしも運びます」

「いいのいいの、座ってて。今日はフィオレの歓迎会なんだから」

「……ありがとうございます」


 ここは好意を受け入れることにして、わたしは立ち上がりかけた体をまた椅子に戻した。温かい歓迎に、自然と頬が緩んでしまう。


「他にも歓迎会に参加したいって人はたくさんいたんだけど、今日は私たち家族だけにしたんだ。フィオレが慣れてきたら、他の村人たちも交えた大きな歓迎会をしようか」


 ルーベンさんのその言葉に、わたしはすぐに頷いた。


「はい。嬉しいです」

「爺ちゃんと婆ちゃんも帰ってきたら紹介するな! 後は姉ちゃんと妹もいるぞ」

「今ここにはいないの?」

「ああ、爺ちゃん婆ちゃんは父ちゃんに村長を譲って、すぐ陶芸の旅に行っちゃったんだ。妹もそれに付いて行った。姉ちゃんは隣の村に嫁いだから、たまにこっちに来るな」


 陶芸の旅という聞き慣れない言葉に首を傾げると、ルーベンさんが苦笑しつつ教えてくれた。


「父さんは陶芸が大好きで、各地にいる達人に教えを乞いに行ったんだ」

「お父さん、行動力の塊みたいな人よね〜」


 穏やかなルーベンさんの両親だけど、結構癖が強い人たちらしい。でも好きなことに熱中できるのって凄いことだし、ちょっと会うのが楽しみかも。


「はい、これで最後よ。じゃあ食べましょう」


 エリザさんのその言葉にテーブルの上を改めて見回すと、とても美味しそうな料理が所狭しと並べられていた。


 王宮で高級料理を食べる機会は何度かあったけど、わたしの目にはそれよりも美味しそうに見える。

 湯気を立たせたスープに新鮮野菜を使ったサラダ、お肉を煮込んだ料理に卵料理まで。さらにテーブルの中央に置かれた籠には、焼きたてに見えるパンが入っていた。


「まずは……サラダからいただきます」


 悩みながら見るからに美味しそうなサラダを口に運ぶと、野菜がシャキシャキでとても甘くて、最高に美味しかった。さらにはドレッシングも凄く美味しい。


「このドレッシングって自家製ですか?」

「そうよ。皆には評判なんだけどどう?」

「すっごく美味しいです」


 心からそう伝えると、エリザさんは嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。


「ははっ、それは良かった」

「この煮込み料理もおすすめだよ。私の大好物なんだ」

「俺も好きだな! こうしてパンにソースをつけると……美味っ!」

「わたしもやってみる」


 それからは三人と楽しく笑い合いながら、美味しい食事を堪能した。こんなに幸せな食事はいつ以来だろう。この村に移住して良かった。心からそう思った。



 歓迎会の後は疲れから眠くなったので、すぐ家に戻りベッドで朝までぐっすりと眠った。そして朝は日が昇る頃に目が覚め、出かける準備を整える。


 今日は朝食の後から、ヴァンに村を案内してもらう約束をしているのだ。朝食には昨日の夜にエリザさんが持たせてくれたパンとチーズ、ハムを食べ、簡単に済ませることにした。


「え、このチーズ美味しい」


 どこで買ったやつなんだろう。村で酪農をしてる人でもいるのかな……うわっ、ハムも絶品だよ。村で買えるのなら、ヴァンに案内してもらおう。


 そんなことを考えていると、家の玄関がノックされた。


「フィオレ、起きてるかー」


 え、もう来たの!?


「おっ、おはよう」


 慌ててドアを開けると、そこには楽しそうな笑みを浮かべたヴァンがいた。


「さすがに早くない……?」

「そうか? もう朝飯食べて結構経ってるぞ?」


 そうか、こういう村だと日が昇る頃には誰もが活動を始めるんだね。早く目が覚めたからって、のんびりしてたらダメだった。


「ちょっと待ってて、すぐ準備を終わらせるから」

「りょーかい!」


 それから十分ほどヴァンには待っていてもらい、わたしは出かける準備を終わらせた。外に出て家に鍵を掛けると、ヴァンはさっそくわたしの手を引いて歩き出す。


「じゃあ、まずは店通りに行くな!」

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