第4話 天才による虫の駆除方法

「きゃあぁっ!」


 わたしは黒い何かが目に入った瞬間に、反射的に叫びながら鍋を振り回した。すると奇跡的に鍋底が飛び立った何かにぶつかったようで、黒い何かはテーブルの上で動かなくなる。


 嫌な予感がしつつ、恐る恐る確認に行くと――。


「ぎゃああああぁぁぁ!!」


 思わずもう一度叫んでしまった。


 わ、わたしが一番嫌いな虫! 黒くて飛ぶやつ! む、無理、これだけで一気にこの家が嫌いになりそう。


「フィオレ、どうしたんだ?」

「エ、エ、エリザさん……!」


 助けを求めてエリザさんの背中側に回ると、エリザさんには楽しそうに笑われてしまった。


「ははっ、フィオレは虫が苦手なのか? 大人びてると思っていたが、案外子供っぽいところもあるんだな。でもそんなんじゃ村暮らしは前途多難だぞ?」


 うぅ……分かってる。分かってるけど、虫だけはどうしてもダメなんだ。何度も克服しようと思ったけど、全く慣れない。まだ森の中や草原に虫がいるのは耐えられるけど、家の中に虫がいるのだけはダメだ。


 ディアナさんと山奥で暮らしていた時も、虫対策だけは万全にやっていた。ディアナさんに神経質すぎると笑われても、そこだけは譲らなかった。


 そうだ、今こそあの時の経験が役立つ時……!


「エリザさん、ちょっと大掃除をしてもいいでしょうか」


 わたしは気合を入れるために腕まくりをして、一匹たりとも逃さないと部屋中に視線を巡らせた。ぞわぞわっと寒気がするけど、少しだけ我慢だ。


「別にいいけど、今日は諦めて明日からにした方が……」

「いえ、虫がいるかもしれない室内では寛げません!」


 突然の大掃除宣言に困惑気味のエリザさんにそう言い切ると、わたしは空間魔法で収納していた杖を取り出した。


 魔法は杖がなくても使えるけど、杖があった方がより繊細な発動が可能になるのだ。わたしは基本的には杖なしで魔法を使うけど、強大な魔物と戦う時や、難しい魔法を行使する時、そして緻密なコントロールが必要な時にはたまに使う。


 わたしの背丈の半分ほどの長さである少し太めの杖を、ギュッと握りしめて魔力を練り上げた。


「あんたそれ、どこから……」

「空間魔法です。いつでも使えるように、異空間に収納してます」

「そ、そんなに凄い魔法を使えるのかい!?」


 空間魔法に驚いているエリザさんへの説明は後回しにして、練り上げた魔力を属性変化させ重力を操った。そして部屋中の家具を、風魔法も併用してふわっと持ち上げる。


 うぅ……久しぶりにやったけど、これ魔力を結構な勢いで食うんだよね。特に数が多いと尚更だ。


 でも虫を全て駆除するには必要な工程だから、やるしかない。虫駆除のためなら魔力を使い切っても構わない覚悟だ。


「うわっ、何事だい!?」

「エリザさんはそこを動かないでくださいね。……そこだ!」


 全ての家具を持ち上げたら風魔法を応用し、動いているものを感知した。そして感知した端から、小さな氷の粒を放って駆除していく。駆除した虫は、風魔法で窓からポイだ。


 さらに家の中に虫がいなくなったら、風が外に通り抜ける場所、いわゆる隙間を見つけ出した。そしてそこは土魔法で完全に塞ぐ。

 

 こういう隙間があると、虫が入り込むんだよね。


 全部が終わってから風魔法で最終確認をして、そっと家具を元の場所に戻したら終了だ。


「ふぅ」


 魔力がほとんど空っぽになったけど、やり切った。ディアナさんの家では定期的にやってたけど、王宮には虫なんていなかったから五年ぶりだ。

 久しぶりでも体が覚えてるんだね。


 わたしは達成感に包まれながら、額に滲んだ汗を拭う。


「エリザさん、これでこの家に虫はいなくなりました!」


 笑顔で振り返ると、エリザさんは呆然と室内に視線を向けていた。わたしの声は届いていないらしい。


「エリザさん?」


 もう一度呼びかけるとエリザさんはハッと我に返り、わたしの肩をガシッと掴んだ。


「あ、あんた何者だい!? 攻撃魔法を使えるぐらいならまだ分かるけど、空間魔法とか物を浮かべるとか、ああいうのは二つ名持ちの魔女様にしかできないだろう!?」


 あっ、そういえば言ってなかったっけ。これからここで暮らしていくんだから、嘘は良くないよね。


「エリザさん、正式な自己紹介が遅れてすみません。わたしはフィオレ――深淵の魔女です」

「――はぁ!?」


 エリザさんの大きな叫び声が、わたしの新居に響き渡った。

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