第3話 新たな住居へ
男の子は笑顔のままわたしの下に駆け寄り、結構な近さで口を開いた。
「さっきおばちゃんたちが、可愛い女の子が来たって言ってたんだ。確かに凄く可愛いな!」
男の子からのストレートな褒め言葉に、どうしていいか分からない。自分の頬がじわじわと熱くなっていくのを感じた。
魔法を褒められることはよくあったけど、面と向かって可愛いなんて言われたのは初めてかも。
こ、こういう時はどうすればいいの? わたしの十七年の経験で何とか……って、わたしに彼氏がいたことはないんだった。
内心でかなり慌てていると、エリザさんが男の子の後ろ襟を掴んで引っ張り、わたしから少し離してくれた。それでやっと混乱が落ち着いてきて、息を止めていたことに気づく。
「ぐっ……っ、か、母ちゃん、痛いって!」
「あんたが悪いのよ。ヴァン、初対面の人にはちゃんと挨拶をしてから話しかける。基本の礼儀でしょ!」
エリザさんに一喝されたヴァンと呼ばれた男の子は、少しだけ不満そうにしながらも、わたしにもう一度笑顔を向けてくれた。
「ちぇ〜、分かったよ。――初めまして、俺はヴァンって言うんだ。君の名前は?」
ニカっと明るい笑みを浮かべながら右手を差し出してくれた男の子に、わたしも今度こそ落ち着いて握手を交わし、笑顔で名乗り返した。
「わたしはフィオレ。よろしくね」
「フィオレだな! この村に移住するんだろ?」
「うん。その予定だけど……」
「じゃあ、さっそく俺が村を案内……」
わたしの手を引いて走り出そうとしたヴァンの襟を、またしてもエリザさんが掴んだ。
「あんたはなんでそう、落ち着きがないんだ! フィオレにはこれから家を案内して、移住の説明をするから案内はまた今度にしな」
「え〜」
「ほら、行った行った」
しっしっと追い払うようにエリザさんが手を動かすと、不満げにしながらもヴァンはわたしの手を離し、仕方ないなと言うように苦笑を浮かべた。
「分かったよ。じゃあフィオレ、また今度な!」
「うん。後で案内よろしくね」
そう伝えると、ヴァンは嬉しそうに頬を緩ませてどこかに去っていってしまう。
「うるさい子でごめんね〜」
エリザさんのその言葉に、わたしはすぐ首を横に振った。
「いえ、明るくていいと思います。わたしと同い年ぐらいですかね?」
「ははっ、そんなはずはないよ。あの子はまだ十七歳さ。フィオレは二十歳は超えてるだろ?」
全く悪気なく告げられた言葉に、ガクッとして体をよろめかせそうになってしまう。
何でわたしって、実年齢より上に見られるんだろ……やっぱりあの魑魅魍魎の貴族社会にいたから?
それにディアナさんとの生活も悪かったんだよね。あの人全く家事ができなくて全部わたしがやってたから、何となく世話を焼くのが染み付いちゃって……魔術師団ではお母さんみたいって言われたこともあったっけ。
うぅ、こんなんじゃダメだ。これからはのんびり穏やかな生活をして、若さを取り戻す!
内心でそう決意しながら、まずはエリザさんの言葉を否定した。
「エリザさん、わたしも十七歳です」
「え、本当かい!? そ、それは大人っぽいねぇ〜」
エリザさんはかなり驚いたのか瞳をぐわっと見開いてから、取り繕うように笑みを浮かべてフォローしてくれた。
そのフォロー、逆に悲しくなります……。
わたしがまた落ち込んでいると、ルーベンさんが苦笑を浮かべつつ何かの鍵を持ってきてくれる。
「フィオレ、これがさっき言ってた家の鍵だよ。エリザに案内してもらうといい」
新しい住居の! ただの鍵なのにこれからの希望がたくさん詰まっているように見え、わたしの落ち込んだ気持ちは一瞬にして持ち上がった。
「ありがとうございます」
手を伸ばして鍵を受け取る。ここから新生活の始まりだ……!
「じゃあ家に向かいながら、移住について説明するよ」
「エリザさん、よろしくお願いします」
エリザさんの案内で村を歩いていくと、この村がとても豊かだということがすぐに分かった。村人たちは皆が笑顔で体付きがしっかりとしていて、さらには服装も綺麗だ。
こんな辺境でここまで豊かな村を運営できるって、ルーベンさんとエリザさんの手腕が凄いんだろうな。
「移住の決まりだけど、まずフィオレにとって一番重要なのは有事の際の対応かな。戦う力がある人には、積極的に村の防衛に参加してもらいたいんだ。もちろんその見返りに、魔物の肉や素材が優先的に配られる」
「そうなのですね。もちろん村が危ない時には、惜しみなく攻撃魔法を使います!」
拳をグッと胸の前で握りしめながら、やる気満々で答えた。
のんびり穏やかな暮らしをするために安全は大切だし、何よりもまだ短い時間しかこの村にいないけど、この村の人たちを守りたいと素直に思う。
「ありがとね。じゃあ後は……」
それからは鐘の音色や回数による意味の違い、門番や見張りの当番について、それから商人が来る時期や兵士の見回りが来る時期についてなど、細かい決まりを教えてもらった。
「まあ色々と話したけど、暮らしながら段々と覚えてくれればいいよ」
「分かりました。早くこの村の一員になれるように頑張ります」
「あんたならすぐだよ」
そんな話をしていると、エリザさんが少し先にあるこぢんまりとした可愛らしい家を指差した。
「あっ、見えてきたね。候補の家はあれだよ。中も見てもらって不満がなければ決定となる」
「うわぁ、可愛いですね……!」
家はレンガ造りを基調とした平屋だ。庭は結構広くて、今は少し荒れてるけど、整えれば色々と育てられそう。窓ガラスは曇ってるけど割れたりはしてないし、掃除すれば綺麗になるかな。
ルーベンさんに渡された鍵を使ってわたしが扉を開き、中を覗き込んだ。
「綺麗ですね」
玄関から入ってすぐに、広いリビングスペースがある。そこにはテーブルセットが置かれていて、左奥の台所にはいくつか調理器具も準備されていた。
「空き家は定期的に掃除してるからね。前の住民が置いてったものは、基本的にはそのままだよ」
エリザさんと一緒に中に足を踏み入れると、誰も住んでいないからか少し空気がひんやりとしていた。リビングにはいくつか扉があり、それぞれトイレ、お風呂、寝室、倉庫に繋がっているようだ。
「このお家、とっても住み心地が良さそうです」
見て回るほどにここに住むのが楽しみになり、自然と口角が上がってしまう。
「それは良かった」
またリビングスペースに戻ってきて、調理器具はどの程度の質のものが残っているのかと、何気なく鍋を持ち上げると――
突然、黒い何かが飛び立った。
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