第2話 魔物の襲来とフィオレの実力
焦燥感を煽られるような低い鐘の音が鳴り響く中、わたしは門番の男性に村の中へと押し込まれそうになりながら、なんとかそれに抵抗した。
「なんで抵抗すんだよ! 危ねぇぞ!」
「だから、わたしは強いんですって! ブラックドッグは魔法で倒しますから」
「命が掛かってる時に嘘なんて……」
「本当ですって!」
そんな押し問答を繰り返している間に、わたしの視界に魔物が入ってきた。口元から涎を垂らしながら牙を剥き出しにした、四足歩行の全身が真っ黒な魔物。確かにブラックドッグだ。
「もう来たのか……!」
門番の男性も気づいたようで、顔を強張らせて近くに置いてあった槍を手にする。
わたしはそんな男性を守るように数歩前に出ると、魔力を一瞬にして練り上げ、ブラックドッグの数の分だけ、氷の槍を作り出した。
狙いを定めて――、一斉に放つ。
シュンッという風を切る音を僅かに響かせながら飛んでいった氷槍は、七体のブラックドッグに正確に突き刺さり、ブラックドッグは何もできずに息絶えた。
「ふぅ」
無事に討伐できたことに安心して後ろを振り返ると……門番の男性は、口と瞳をこれでもかと開いて呆然と固まっていた。
さらにその男性の後ろには、ブラックドッグを討伐するために集まったのか、武器を持ったガタイのいい男性たちが何人もいる。
しかしその男性たちも例外なく、全員が固まっていた。
「倒せましたよ。嘘じゃなかったでしょう?」
これで移住も認めてもらえるかなと頬を緩めながら門番の男性に声を掛けると、男性は私にじっと視線を固定しながらもまだ復活してくれない。
やっぱり、攻撃魔法って驚かれるんだね。
わたしは十二歳までずっと真紅の魔女であるディアナさんと一緒にいたし、魔術師団でも周りには魔法が得意な人ばかりだったから、いまいち一般の人たちの魔法への認識が理解しきれていない。
「あの、大丈夫ですか?」
あまりにも動かないので心配になって男性の顔の前で手を振ってみると、突然ガシッと凄い勢いで肩を掴まれた。
「ちょっ、」
あまりの迫力に怖くて後退ると、男性は一歩詰めてきてぐいっと顔を覗き込んでくる。
「嬢ちゃん……疑って悪かった!」
もしかして倒しちゃいけない魔物だった? そう思ってドキドキと緊張していると、男性が発した言葉は謝罪だった。
わたしはそれに安堵して、体に入っていた力を抜く。
「いえ、わたしが細腕なのは確かですし、大丈夫です。こんなところに攻撃魔法が使える人が移住してくるなんて、普通はないですもんね」
「そうだが、見た目で判断しちゃいけなかったな……改めてすまない。俺のせいでこの村が嫌になったか? ぜひ嬢ちゃんには移住してもらえるとありがたいんだが」
眉を下げて男性がそう発すると、今度は後ろにいたガタイのいい男性たちが一斉に動き出した。
「バカみてぇに強い嬢ちゃん! 移住希望者なのか!?」
「おいお前、何やらかしたんだ!」
「なんでこんな辺境の村に来たんだ? 今の攻撃魔法だろ」
次々と声を掛けられ、わたしは戸惑いながらも嬉しさに頬が緩むのを感じる。
やっぱりこういう、素直な人との交流がいいよね。貴族社会のドロドロとした建前ばっかりな上辺だけの会話、思い出すだけで嫌な気分になる。
「わたしはフィオレです! この村への移住希望です!」
皆に伝わるようにと声を張ると、一拍遅れて大歓声が上がった。
「うおぉぉぉぉ!」
「移住してくれんのか!」
「ありがてぇな」
「魔物による被害がかなり減るんじゃないか?」
そうしてガタイのいい男性たちに揉みくちゃにされていると、村の中からよく通る女性の声が聞こえてきた。
「あんたたち、何騒いでるんだい!?」
その女性は綺麗な赤髪をポニーテイルにした、とても美人な人だった。
「あっ、エリザだ」
「魔物はどうしたんだい!」
「魔物はもう嬢ちゃんが倒してくれたんだ。ほら、そこにいるだろ。ちょうど移住希望で来てたところで……」
エリザと呼ばれた女性は男性たちよりも立場が上なのか、単純に強いのか、さっきまでは暑苦しい勢いだった男性たちの熱気が少し収まった。
そこでわたしは「ふぅ」と深呼吸をして、こちらに歩いてきたエリザさんと向き合う。
「初めまして、わたしはフィオレです。この村に移住したくて来ました」
「私はエリザ。この村の村長が私の旦那だよ」
村長の奥さんなんだ! 最初からいい人が来てくれたかも。これなら話が早そうだ。
エリザさんは少し離れたところに倒れるブラックドッグに視線を向けて、またわたしと視線を絡ませた。
「あのブラックドッグは、フィオレが一人で倒したのかい?」
「そうです。氷槍で」
すぐに頷いてさっきと同程度の大きさの氷槍を作り出すと、エリザさんは突然わたしのことを抱きしめてくれた。
「あんた凄いね! うちの村は強い人は大歓迎だよ!」
そう言って満面の笑みでわたしの顔を覗き込んでくれるエリザさんに、自然と頬が緩む。
「ありがとうございます。魔法は得意なので、村の役に立てるように頑張ります」
「本当に助かるよ。うちの村は筋肉バカはたくさんいるけど、攻撃魔法を使える人はいないからね。まさか魔術師が来てくれるなんて驚いた」
エリザさんはそう言うと、わたしを村の中へと促してくれた。
「あんたたち、ブラックドッグは任せてもいいかい?」
「もちろんいいぜ」
「全部運び込んで解体しとくぞ」
「ありがとね」
そうして村の中に入ったわたしは、エリザさんとそのお友達なのだろう女性たちに囲まれた。
「まあまあ、可愛い子が来たのね!」
「そういえば……フィオレ、あんた可愛いね」
素直に賞賛されると、なんだか照れてしまう。
「その水色の髪、サラサラで綺麗だね〜」
「伸ばしてるのかい?」
「はい。なんとなくロングにしてて」
特に意味はないけど、ここ数年は髪型を考えるのも面倒でずっとロングヘアだ。こだわりはなかったけど、こうして褒めてもらえるとこれからも維持しようかなと思えてくる。
わたしって単純だなぁ。
そう思うけど、全く嫌な気分ではない。
「絶対そっちの方がいいよ!」
「顔が小さいしスタイルもいいし、はぁ……世の中には可愛い子もいるもんだね〜」
「はい皆、フィオレにはさっそく家を案内するからまた後でね」
エリザさんがそう言ってくれたところで、集まってくれていた女性たちはまたねと去っていった。
わたしは女性たちに手を振って、エリザさんの後に続く。
「今はどこに向かってるんですか?」
「うちだよ。一応村長に紹介しないとね。それと移住にあたっていくつか説明もあるんだ」
「そうなのですね。よろしくお願いします」
それから村の中を歩いて十分ほどで、村長宅に到着した。村長宅は二階建てで、結構立派な作りだ。
「ただいま〜」
「おかえり。魔物はすぐに倒されたみたいだね」
エリザさんの声に家の奥から顔を出したのは、なんだか優しそうな雰囲気の男性だった。
「あれ、その子は?」
「移住希望者だよ。攻撃魔法が使える魔術師で、さっきの魔物はこの子が全部倒してくれたんだ」
その言葉に男性は瞳を見開き、笑顔で玄関先まで出て来てくれる。
「それは心強いね。私はルーベン、この村の村長だ」
「わたしはフィオレです。これからよろしくお願いします」
わたしの挨拶にルーベンさんは笑顔で頷くと、悩むように顎に手を当てた。
「フィオレにはどこの家がいいかな。何か要望はある?」
「えっと……できれば畑があって、色々と育てられると嬉しいです」
「畑だね。それなら、あの北側にある平屋はどうかな。まだ新しいし前に住んでたのも女性だったから、ちょうどいいんじゃないかな。ほら、結婚で村を出た……」
「ああ、あそこか。確かにいいかもしれないね」
そうして二人の間でわたしの新居候補が決まりかけたその時、後ろから大きな声を掛けられた。
「あっ、見つけた!」
後ろを振り返ると、そこにいたのはわたしと同い年ぐらいの男の子だ。エリザさんと同じ色の赤髪を短く切り揃え、人懐っこそうな笑みを浮かべていた。
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