第336話 せめてもの
城からの眩い光が町を包んでから、1分も経っていない状況。
町は魔族の亡骸で覆われており、生き残った魔族はアーシェとこの町のリーダーとして皆を束ねていた狼顔の魔族のみ。
魔力を完全に吸い取られた魔族達は、1分前まで打倒ハデスを掲げていた同志。
その命を、自分たちの利益のみを考えて奪ったのが今の魔王、ハデス。
レイヴァーのハデスに対する怒りは、頂点に達していた。
もちろん、感情に呑み込まれてはいけないことを承知している彼らは、クロウがアーシェを、ミラが狼の魔族を医務室に連れて行き、他4人は魔族を埋葬し始めた。
アーシェも体がかなり衰弱しており、体温も下がっていた。
急ぎで医務室に運び込み、アーシェをベッドに寝させるクロウ。
ミラも狼の魔族をベッドに寝させる。
「体温が急激に下がってる、何か体を温めるものを探そう。」
「おれはお湯を沸かす、ミラは毛布とかないか探してくれ。」
「了解した。」
スタッスタッ。
ミラは部屋の中に温められるものはないか探し始める。
クロウもキッチンを使いお湯を沸かし始める。
すると、微かな声が聞こえる。
「ク、ロウ。」
「どうした?すぐ温めてやるから、もう少し待ってーー。」
「もっと、簡単な方法が、あるわ。」
「簡単な方法?」
「あなたの、温もり。」
クロウは一瞬理解が出来なかったが、苦しみと戦っているアーシェの顔を見て察した。
(たしかに、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだ!)
スタッ。
クロウはアーシェのそばにより、顔を覗き見る。
「いざ冷静になると、恥ずかしい気持ちもあるな。」
「それは、私も同じよ。でも、今の不安が続くよりは、全然いい。」
「そうか、だったら。」
グッ。
クロウは仰向けのアーシェを覆うように上から抱きしめる。
お互いの心臓の音がよく聞こえる。
生きている証。
アーシェの体温が低くなっているのも、良くも悪くも分かることが出来る。
彼女を助けたい、大切な人を失いたくない。
クロウはただただ願っていた。
そして、アーシェを力強く抱きしめていた。
「俺、重くないか?」
「正直、少し、重たいわね。でも、嫌じゃない。あなたの体、筋肉量が多いからかしら、とても温かく感じられる。鍛えているのね。」
「そりゃあ、この体が資本だからな。魔力がない以上、体を鍛えて仲間を守るのが俺の役目だ。どんだけボロボロになろうが、立ち上がれる力を持っておかないとな。」
「頼もしい、わね。さすが、うちのリーダーさんーー。」
「今は、婚約者って言ってくれた方が俺は喜ぶと思うんだけどーー。」
ドクンッ!
アーシェの心臓が大きく高鳴り、鼓動が早くなる。
(こんな状況で、この人は何を言い出すの!?はぁ、こんな調子じゃ心臓が持たないわ。)
アーシェは冷静を装いつつ応える。
「そ、そうね、私の、婚約者さん。」
「何赤くなってるんだ?日にちも経過してるんだし、そろそろ慣れろよ。」
「赤くなんて、なってないわ、余計なこと言うとウェルダンにするわよ?」
「おお怖い、それに熱すぎる愛情表現だな。……そんな不器用なアーシェを、俺は支えたいって思っちまった。もの好きなのかもな、俺って。」
「私が元気だったら、既に3回は焼いているわよ。……でも、ありがとう。あなたがいたから、私は生きてる。これまで、何回助けられたか分からないわ。」
アーシェの抱きしめ返す体にも力が入る。
「それは、お互い様だろ?俺が仮面に囚われた時、アーシェは命を懸けて俺を助け出してくれた。助け助けられって関係は、この先も長くやっていくときに一番いい関係なんじゃないか?」
「この先も、ね。それは、どのくらいなのかしら。」
「簡単なことだ、2人の寿命が尽きるまでだよ。死ぬまで一緒に生きる、それが俺たちに命を与えてくれた家族に対する恩返し、使命だな。」
「あなたは、私から離れないでいてくれるの?」
クロウは顔を上げ、アーシェと見つめ合う。
「もちろんだ。アーシェが俺に何て言おうが、世界が敵に回ろうが、お前のそばで生きてやる。俺は決めたことはやりぬく、どんなでかい壁が出てきてもぶち壊す、俺の婚約者になったこと、後悔するなよ?ここ、重要、上書きしたか?」
クロウの言葉に恥ずかしさを覚えつつも、強い意志にアーシェは安心感を覚えていた。
(良かった、クロウと一緒になって。この人なら、私は何でも話せる、どんな世界でも生きていける。もちろん、この世界を取り戻すことさえ不可能じゃないと思わせてくれる、私の大切な人。これが、愛という感情。いつの間にか、理解していたわ。)
アーシェはクロウの顔を見つめ返しながら、
「ええ、全身に上書きしたわ。あなたという存在を、1秒たりとも忘れないように。」
「ありがとうな、おっ!お湯が沸いたみたいだ、少し待ってろ。」
ズサッ。
クロウはお湯を取りに戻る。
だが、既にアーシェの体温は沸騰した湯のように温まっていた。
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