第203話 心情

戦闘が終わり、数分が経過した。



戦場であった場所には、とても静かな風が吹いていた。


戦いによってできた、窪みや傷は数知れない。


さらに、1つの爆発で生まれてしまった大きな穴が現実を突きつける。



クロウは、家のために使われてたであろう石の壁にもたれかかり、俯いていた。



理由は簡単、



目の前で、巨人族の人間が死んでしまったからだ。


もちろん、今まで何度も人の死には立ち会ってきた。



だが、今回は仮面に支配され、目の前で助けを求められたのにも関わらず、その手を掴めなかった。


真正面で見てしまったことが、脳に、目に焼きついて離れないのだ。



その姿を見て、アーシェは戸惑っていた。


いつもは無理をしてるクロウ叱る、失礼なことを言ってるクロウを止める、それがアーシェにできることだった。



だが、人の死を目の前で感じ、心底ダメージを受けているクロウを目の前にして、自分に何ができるのか悩んでしまっていた。



(私は、クロウになんて声をかけたらいいの。気にしない方がいいなんて、無責任なことは言えない。大丈夫?なんて聞いたら、無理やり笑って誤魔化してくる。何が、正しい行動なの。)



アーシェは遠くから、クロウを見つめる事しかできなかった。



すると、


スタッ、スタッ。

「アフロディテ、この周りはモンスターもいないようだ。休憩するには今がちょうど良いだろう。」


ミラが見回りから戻ってくる。


「そう、ありがとう、ミラさん。」

「ん?どうした、顔に困ってるという言葉が書かれているぞ。」

「……私には、分からないの。今のクロウに、なんて声をかければいいのか、そもそも声をかけるのが正解なのか。」

「なぜ迷う?アレスは、アフロディテの仲間なのだろ?」

「ええ、だけど、今みたいなクロウの姿を見たことがなかった、だから今クロウが何を考えてるのか、どうすれば支えになれるのか分からないの。」


グッ。

自分の力のなさを痛感してるアーシェは、無意識に拳に力がこもる。


その瞬間を、ミラは見逃さなかった。


「いいではないか、大切な仲間のためを思って選ぶ行動に正しいだの間違いだのはない。」

「え?」

「それが正しいか、間違いだったかは、その後だ。

「ミラさん。」


スッ。

ミラはアーシェの手を両手で覆う。


「この拳は、悔しさの象徴であろう。なら、その悔しさを力に変えて、アレスを救うための力にするんだ。たった1度、間違いをしたくらいで崩れ去ってしまうような関係ではないだろう、今の2人は。」

「……それでも、怖いの。やってみてさらに傷つけてしまうんじゃないかってーー。」

「らしくないのではないか、元魔王の娘として。魔族は元より、自分の欲に忠実であり周りを従えさせるのが得意であろう?なら、その力を使えば良い。」

「確かに、そうね。私は、クロウ達と一緒にいる時間が長くて、変わってしまったのかもしれないわ。」

「なら、アフロディテがアレスを変えられる可能性もあるではないか。」


クイッ。

ミラはアーシェの顔を自分の方に任せる。


「良くも悪くも、既にアフロディテは強い。心も、戦うことにおいても。なら、今はその強さより高い壁に挑戦することが1番の課題なのではないか?」

「挑戦、する?」

「ああ、アレスに声をかける適任は間違いなく私ではない、アフロディテだ。中にはやってみて後悔しろ、やらないで後悔するな、なんて言う奴らもいるが、そのために、目の前のことから逃げ出さずに自分の全てを捧げることが、今やれることだ。

「……。」


アーシェの中で、何か踏ん切りがついたのだろうか。


ミラを見る顔に、少し余裕が生まれていた。



「そうね、私たちのリーダーを信じないなんて、レイヴァーの隊員として失格ね。私が失意の底にいた時に鬱陶しくも手を差し伸べてきたのは、クロウだった。こっちが何を考えてるのかなんてお構いなしに。」

「ふっ、アレスらしいな。」

「けれど、そのおかげで私は今を生きられてる。生きたいという希望を持つことができてる。……やるわ、クロウはこんなところで終わるような人じゃない。約束したの、私のことを勝手に生かせたのだから、私もクロウを勝手に生かせるって。」

「答えは出たな、2人の邪魔は何者にもさせない、連れ戻してきてやれ、クロウガルト・シン・アレスという1人の戦士を、大切な仲間を。」


スタッ、スタッ。

アーシェはクロウの方へ歩き始める。



その姿を、ミラは後ろから見守っていた。



(まったく、私は何を言っているのだろうな。そんな大層なことを言えるようなことはしてない、むしろ逆の存在なのに。……もしかしたら、無意識に私とアフロディテを重ねていたのかもしれないな、あの時の私と。)



そして、アーシェはクロウの隣で立ち止まった。

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