第70話 目覚め
スサーッ。
心地よい風が部屋の中を満たし、まぶしい太陽が朝の訪れを教えてくれる。
部屋の中には、全身至る所に包帯を巻かれた男の姿が。
ベッドに横たわり、ぐっすりと眠っている。
「っ……んっ?」
サッ。
男は目を開き、目に映る世界に戸惑いを見せる。
そう、クロウの目覚めだ。
「ここ、は、ナウサの宿屋、か?」
ピキーンッ!
頭のなかに、直近の戦いの記憶が流れ込む。
新種の化け物、ゴーレムを倒し、その後の記憶が薄らと蘇る。
アーシェの声、サリアの声、2人と全力で戦った記憶が頭の中に刻み込まれていた。
「うぐっ!……何だ、この記憶、は。俺は、何で2人と戦ってるんだ。」
ズザッ。
起きあがろうとすると、全身に痛みが走り大怪我をしていることを改めて自覚する。
「痛っ、俺は何をしたんだ?2人を、殺そうとした?」
頭の中をクロウの記憶にない記憶が、嵐のように流れ込む。
「てか、この怪我で我ながらよく生きてるな。……んっ?」
「すーっ、すーっ。」
グッ。
手を動かそうとすると、自分の体重ではない重みを感じる。
クロウのベッドの隣では、アーシェがすやすやと眠っている。
「アーシェ、っ!?お前もすごい怪我をしてるな、もしかしてこれを俺がーー。」
サーッ。
アーシェの怪我を確認しようと手を伸ばす。
すると、
「……っ、んっ?」
スサッ。
目をこすりながら、アーシェは視界に入るものを捉える。
徐々に、クロウの顔が鮮明に映る。
「っ!?クロウ!」
「おう、アーシェーー。」
ガシッ。
クロウを目にした途端、アーシェがいままでの不安を払拭するかのように抱きついてくる。
「お、おい!?アーシェ!?」
「良かった、生きててくれて。本当に、良かった。」
「……悪い、心配、かけたな。」
「ずっ、本当よ。あれから丸2日、あなたは眠り続けたのよ!」
鼻をすすり、目に涙を浮かべながらクロウの生還を喜ぶ。
「2日もか、なあ、アーシェのその怪我も俺のせいでーー。」
「バカッ!」
「へっ!?」
涙を浮かべるその顔に、薄らと怒りの表情が生まれる。
「確かに、いろいろあってみんな大きな怪我をしているわ。けど、全員生きてるんだからそんなことはどうでもいい!私が許せないのは、違うことよ!」
「……そうだよな、悪い、俺が力をちゃんと制御できてればーー。」
ガシッ!
アーシェの両手が、クロウの顎から両頬までを強く包む。
「それでもない!あなた、私になんて言ったか覚えてる?」
「アーシェに、言ったこと……。っ、逃げろ、か。」
シュイーンッ!
戦いの記憶がほぼ全て埋め合わされる。
クロウの言葉に、アーシェの顔は目が狼のように鋭くなり、涙が浮かんでいた。
「そうよ、それよ!私は、逃げろって言ったあなたが1番許せない!」
「だ、だけど!もし2人を死なせることになったら、俺は……。」
ガシッ!
両手を離し、アーシェは自分の胸にクロウを引き寄せる。
「あなた、言ったわよね。私から離れないって、私と生きてくれるって!」
「うぐっ、そ、そうだけど。」
「じゃあ、何が何でも守りなさいよ!あなたの言葉で、私は生きる希望を見出せた。この世界を生きていきたいって思えた!」
「ア、アーシェ。」
グッ。
さらにアーシェが抱き込む力に、感情が乗る。
「クロウが死んだら、私の生きる意味がなくなるの!私は誓った、あなたから離れないって!どんなことがあっても、助け合って生きていくんだって!」
「……悪かった、アーシェ。」
スッ。
アーシェは優しくクロウを離し、両手で頬を包みながら見つめ合う。
「あなたは、私の人生を勝手に変えた張本人よ。だから、私もあなたの人生を勝手に変える。あなたが死のうとしたら、私が勝手にあなたを生きさせるわ。」
「アーシェ……。」
「クロウの命は、私の命と同じ、いえ、それ以上に大切なものなの。だから、私はこの手から離すつもりはないわ。」
「……それは、いつまでだ?」
「この先ずっとよ。」
ドクンッ!
クロウの心臓が大きく響く。
目の前に、自分のことを自分以上に大切にしてくれる存在がいることをしっかりと認識したからだ。
「忘れたの、私は前魔王の娘よ。私の欲しいものは手放さない、それがたとえ私のそばに置いておくことがどんなに難しいものでも。頭に刻み込んだ?」
ニコッ。
アーシェが優しく微笑みかける。
その表情を見て、クロウはとても安心したようだ。
「ああ、頭のてっぺんから足の先まで刻んだよ。これからもよろしくな、アーシェ。」
「ええ、もちろんよ。」
2人は静寂の部屋で、10秒ほど見つめあっていた。
「けど、さすがにアーシェも疲れたんじゃないか?俺と同じくらい怪我してるし、看病もしてくれてたなんて。」
「いや、私もさっき起きたばかりよ。そんなに長くないわ。」
コンコンコンッ。
ドアがノックされる。
「アーちゃん、入るよ?」
キィーッ。
部屋のドアが優しく開かれる。
「アーちゃん、サリアが交代するよ。流石に半日も1人じゃ疲れるで……しょ……。」
サリアの目にもクロウの姿が飛び込んでくる。
「おう、サリア。」
「クロ、くん……クロくん!」
ズザッ!
嵐のような勢いで、クロウのベッドに近づく。
「クロくん!良かった、起きたんだね!」
「ああ、サリアにも心配かけたな。」
「全くだよ!加えて、アーちゃんが半日も看病してるもんだから2人とも心配でーー。」
「ちょっと!サリー!」
ガッ。
アーシェは慌ててサリアの口に手を当てる。
「むぐむぐぐ!」
「え、は、半日?」
「気のせいよ!ほら、それよりみんなに無事を言いに行きましょう!ね、サリー!」
「むぐぐっ!」
スタッ、スタッ、スタッ。
2人は仲良く入り口に向かう。
「ぷはぁ、アーちゃん!クロくんに言わないと!」
「あ、そ、そうね。」
そして、振り返り一言。
「おはよう、クロウ。」
「おはよう!クロくん!」
2人の眩しい笑顔が、クロウを迎え入れる。
その笑顔を見て、クロウは改めて生きていること、大切な仲間に助けられたことを実感する。
そして、
「ああ、おはよう。2人とも。」
ニコッ。
クロウも笑顔で答えた。
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