65.不穏な噂と祝福の声

 のんびりしていた小さな集落にも、王都周辺の異常な変化が伝わり始めた。村へ帰ってきた若者が口にし、逃げてきた親子が不安を広める。森の近くにある集落の人々は、都への忌避感を強めた。


 近づけば呪われる。そんな表現で距離を置くことを選んだ。元から集落に住み続ける者は保守的だ。自分の周囲が落ち着いており、平和ならそれ以上は求めなかった。都の華やかさを求める者は、さっさと村を出ていく。


 戻って来れた者は少なく、都を脱出した半数以上は魔族の襲撃で消えた。さらに残りの半数に魔物が襲いかかる。無事に集落まで辿り着けたのは、二割にも満たなかった。


 大きな都に近寄らず過ごす勇者ゼルクも、噂は耳にした。気の毒に思うより、やっぱりと納得する。国王を始めとする貴族が好き勝手している所為だろう。


 噴火による地震は収まり、火山灰が撒き散らされることも減った。しかし新しい灰が追加されなくとも、魔王ガブリエルの施した魔法により滞留した灰は都周辺に降り注いだ。大地の表面を覆い尽くし、日差しを遮る。影響は野菜だけでなく、家畜や人々の健康にも害を及ぼした。


 弱っていく人族を遠くで眺める魔王が動くまで、あと僅か。魔力を回復した黒竜が身を起こせば、人族は蹂躙されるだろう。この時点で勇者ゼルクが動いたとしても、もう打つ手はなかった。


 かつての仲間は失われ、気力は萎えている。ゼルクが動いたとしても、決定された未来は覆らない。ここまで持ち込んだガブリエルの作戦勝ちだった。信じて彼に従った魔族の勝利だ。


「きゅっ!」


 興奮した声を上げる小さなピンクの幼子に、ガブリエルは正面から向き合った。嬉しそうに笑うシュトリに、養子になるか尋ねる。魔族は年齢で相手を軽んじることをしない。幼子であっても、意思の疎通が図れる年齢になれば、難しい話を聞かせた。


 除け者にすることは、その子の人格を認めないのと同意語だ。そう考える魔族の群れで育ち、ガブリエルも慣習をしっかり踏襲する。


「シュトリ、オレの子になるか?」


「きゅ……?」


「今と同じだが、正式に我が子と公表することになる」


 魔王は世襲制ではないため、子を成す義務はない。養子を取るのも、妻帯しないのも、同様に認められた。ガブリエル一人の意思で提案可能で、公表して周囲に知らせれば終わり。簡単な手続きだった。


 シュトリは言葉を話せていないが、意思の疎通は取れている。こちらの言葉も理解していた。ならばきちんと話して、本人が納得した上で養子になるべきだ。そういった事情まで説明され、シュトリは真剣な顔で聴き入った。


「どうする?」


「きゅ! きゅー!!」


 大興奮で抱きつき、頬を擦り寄せる。そのまま踊り出しそうな姿を見れば、勘違いしようがなかった。シュトリは受け入れたのだ。


「告知ですね。お任せください」


「俺らも祝福といくか」


 デカラビアが甲高い音で、情報を伝える。追いかけるバラムの遠吠えに、あちこちからお祝いの声が返ってきた。卵の温めなどで手が離せない者以外は、次々と挨拶に駆けつける。


 皆にお土産をもらい、頭を撫でられた。お祝いの言葉を聞くたびに、シュトリは満面の笑みで受ける。戦いに出る前に、魔王ガブリエルに重石がついた。魔族はその点も含めて、大いに喜んだ。

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