58.崩壊の足音は高らかに

 日差しが遮られて枯れるのは、畑の野菜だけではない。庭の木々や薬草、放牧された家畜が食べる雑草に至るまで。花も色褪せて散っていく。


 同時に気温が下がった。暖かな時期であるはずが、急に真冬の寒さが始まる。その理由が頭上の灰にあると知っても、これほどの規模の灰を遠ざける魔力はなかった。


 国王が慌てて魔法使いをかき集めるが、彼らの魔力は跳ね除けられた。勇者の幼馴染みであったエイベルなら、一時的に青空を見せるくらいは出来ただろう。しかし彼は魔獣の腹の中、今さら惜しんでも取り返しはつかなかった。


「……魔王、なのか?」


 時折、頭上の灰色の空に黒い影がよぎる。それが魔王なのだとしたら、また戦いに出向かなくてはならない。勇者ゼルクは眉を寄せて溜め息を吐いた。呼び出されても従う気はない。どうせ使い捨てにされるのだ。


 ブレンダを探すことに注力したいゼルクは、人が多い街を避けた。これが幸いし、森に近い小さな村にたどり着く。空は明るく、野菜や果物も実っている。かつては素朴だと表現された村の生活は、いまや贅沢の象徴だった。


 寒さに震えることもなく、彼らは田畑を耕し、森から流れる小川の水を口にする。恩恵の意味を知らぬまま、淡々と日々を送っていた。驚いたものの余計なことは言わず、ゼルクは食べ物や水に対価を支払った。現金収入が少ない村で歓迎され、痩せた馬も手に入れる。


 馬と旅立つゼルクは知らない。探し求める女性は、すでに人族を見限っていることを。




「そろそろ頃合いか」


 魔力を大量に消費するガブリエルは、疲れと怠さに襲われていた。心配したバルバドスやデカラビアが、口酸っぱく注意する。素直に受け入れた魔王ガブリエルは、水竜が住む滝壺の近くで身を休めた。


 連れ歩く幼いシュトリは、水の中をすいすいと泳ぐ。火竜の火山より安全だろうと踏んだが、当たりだったらしい。水と相性がいいようで、潜っては魚を捕まえてきた。


「きゅ!」


 寝ているガブリエルの鼻先へ、食べろと言わんばかりに差し出す。小さな魚をペロリと平らげれば、嬉しそうにまた水に潜った。水竜の子が一緒に泳ぎ、危険を遠ざけてくれる。


 側近たちに療養期間だと言われ、擽ったい気持ちで受け入れた。ガブリエルにとって、平和な時間が流れる。人族の上空へ舞い上げた塵や灰は、そろそろ落下を始めた頃か。魔力で舞い上げなければ、降って落ちる。


 大量の灰は雨を呼び、空中の水滴を纏って街を濡らすだろう。重い灰が積もった屋根はいつまで重さに耐えられるか。にやりと笑う黒竜だが、口元にまた魚を突っ込まれた。素直に食べるたび、ピンクの幼体は幸せそうに笑う。


 暗い考えと正反対の幸せそうな笑みを浮かべるシュトリを、細めた目でガブリエルは眩しそうに見つめた。この子が戦える年齢になる前に、人族を片付けてしまおう。改めて心に決め、ガブリエルは失った魔力を補うために眠りについた。

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