56.噴火は計画的に

 ――火竜の住む山が汚染されたようだ。頂上に竜の姿はない。


 故意にそう噂を流させた。こういった作戦になれば、普段は戦わない夢魔やセイレーンの出番だ。護衛につく森人族も、積極的に話を広めた。


 人族は噂話が大好きだ。嘘でも真実でも関係なく、誰かの悪口で盛り上がる。その延長で、面白おかしく脚色しながら噂を膨らませた。こういった傾向は魔族には見られない。噂はそのまま広がり、尾鰭背鰭が付くことは滅多になかった。


 勇者が倒して数が減った竜が、住処に姿を現さない。すなわち滅びたのだ、と拡大するまでさほど時間は掛からなかった。人族は理解していない。竜は水と火の二種類いることを。受け継がれるはずの経験談は、いつだって誰かが途絶えさせてしまう。


「面白いほど踊りますね」


 火竜の若者ブファスは眉を寄せる。赤い鱗がきらきらと光を弾いた。火竜の一族は、別の火山に引っ越している。今まで住んでいた火山は、数百年に一度は噴火する。その間だけ避難する場所として、別の火山が確保されていた。


 慣れた別荘感覚で、火竜達は引っ越しを終える。実際、もうすぐ噴火の時期なので時間の問題だった。噴火してから引っ越すか、その前に移動するか。地震が増えた火山を見上げるガブリエルに、待っていた情報が届いた。


 人族が総攻撃を計画している、と。


「迎え撃つ支度をしようか。なに、少しばかり地形が変わるだけの話だ」


 悪い顔で笑う魔王ガブリエルに、側近達は承諾を返した。周辺に住む種族は避難し、被害を受ける可能性はない。となれば、遠慮する必要はなかった。


 噴火間近の火口を旋回するガブリエルは、特大の魔力を練る。そのままブレスに換えて火口にぶつけた。


「きゅー?」


 覗こうとするシュトリを押さえる。さすがに落ちたら危険だ。種族不明ということは、耐性や危険も試していく必要があった。うっかり火に落ちて、溶けてしまったら事件である。魔力で固定し、火口の上から離れた。


 旋回の輪を大きくして数十秒、ごごごと低い音が響く。大地が揺れ、木々が倒れた。火口が派手な炎と煙を吐き出し、溶岩がどろりと流れる。噴火のタイミングを早めるためにブレスを打ち込んだが、威力が足りなかったようだ。


 ガブリエルはもう一度ブレスを放つか迷った。だが、すぐにズズンと低音が空気を震わせ、火山の上半分が吹き飛んだ。飛んできた岩石を避けながら、魔王ガブリエルはさらに距離を置く。溶岩で山の形が少し変わるとは思ったが、予想より派手に吹き飛んでしまった。


「やりすぎたか?」


 困惑顔の魔王は、すぐに意識を切り替えた。まあいいか。魔族に実害はないのだ。この火山の噴火で、しばらく日差しが遮られる。王都や他の都も影響を受けるはずだ。暗くなり、作物が灰に埋れれば……人族の不安は増大する。


 作戦の成功に浮き立ちながら、ガブリエルは仲間の待つ北へ進路をとった。

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