46.迷った末の思わぬ出会い

 顔見知りの数人に離脱を伝え、迷ったがゼルクに言わなかった。後で仲間が話すだろう。ブレンダは見張り明けの眠い目を瞬きながら、すたすたと足早に森を抜けた。


 子どもの頃、あんなに恐ろしい思いをした森なのに。今でもその森で生きている。いや、生かされてきた。もう家族もいないブレンダにとって、己の命への執着はない。みっともない死に方をしたくないだけだった。


 誰かの役に立って死ぬ。そんな立派なお題目は掲げない。魔獣に襲われて孤独に死んでも、後悔しない毎日を過ごしたかった。こんな考えすら贅沢だろうか。


 考え事をしていたせいか、街道に向けて歩いていたつもりが、いつの間にか外れていた。鬱蒼と茂る森の木々が、ざわりと揺れる。風が血の匂いを運んだ。この近くで何かが襲われたのか。ブレンダは剣の柄に手を触れたまま、空を見上げた。


 方角を確認するためだが、森の木々に覆われて見えない。開けた場所を探すしかない。耳を澄まし、川の音を探した。川の上は木々がなく、野営するにも道を探すにも最適だ。


 歩き回るブレンダはふと足を止めた。さわさわと風に揺れる葉擦れの音が響き、合間に水音が混じる。左側だ。方角を決めると、躊躇いなく進んだ。その先で、細い川を発見する。


 迷って時間を無駄にしたため、ここで野営の準備をするべきか。方角を確認したら夜通し歩くか。ブレンダの決断は、前者だった。追われる身ではないし、急ぐ必要も感じない。何より、明け方の見張りから眠っていなかった。


 ずっしり重く感じる体に説得され、ブレンダは川の近くの茂みを倒した。その上にマントを掛け、簡易ベッドにする。腹も減ったが、火を起こす気力がなかった。携帯食の干し肉を口に放り込み、しゃぶって柔らかくする。その間に寝転がった。


 もぐもぐと動いていた口が、気づけば徐々に遅くなり……やがて止まる。口の端から漏れる唾液から、干し肉のよい香りがした。


 匂いに誘われたのは、幼い狼だ。普段遊ぶ地域の外へ出てしまった子狼は、ふんふんと鼻をひくつかせる。肉の匂いに誘われ、川の近くへ出た。周囲を見まわし、目を輝かせる。尻尾が大きく揺れた。


 肉の匂いをさせる人に近づき、勝手にお溢れにあずかる。ぺろりと顔を舐め、口の中で味わった。あの端から出ているのは、肉じゃないだろうか。まだ起きないブレンダの様子を確認し、子狼は顔を近づけた。


 一方、ブレンダは困惑していた。子狼が現れ、すぐに動かなかったのは、親がいると思ったからだ。しかし子狼は無防備に近づき、顔を舐めている。どうやら眠る前に噛んだ干し肉に釣られたらしい。


 起きて跳ね退けるか。迷うブレンダが薄く目を開いて状況を確認すると、ちょうど子狼と目が合った。びっくりして後ろに転がる子狼を、思わず支えてしまう。子どもと言っても、成犬ほどの大きさがある狼は尻餅をついた。


「いてっ」


 思わず漏れた言葉に、ブレンダは驚いた。


「お前、話せるのか」


「あんたこそ」


 返す子狼は、そのまま転がって人化する。尻尾と耳、手に爪が残っているものの……人の子によく似た姿をとった。


「……驚いた」


 本当に驚いたと繰り返すブレンダは、目を丸くしてマントから滑り落ちた。

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